埼玉・東京未乗区間の旅②西武鉄道

足まかせ旅日記
11 /01 2017
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レッドアロー号自体は3度目だけど「ちちぶ」は初めて

秩父鉄道のお花畑駅から徒歩5分で西武秩父駅に到着。
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駅の隣に複合温泉施設「祭りの湯」(今年4月開業)があって、
駅構内と連続する1階の土産物売り場は品揃えも充実。
「林家たい平」関係のグッズやら、
お菓子がやたら目立ったけど、秩父出身だったのね。
時間があればひとっ風呂浴びてのんびりしてもよかったんだけど、
後のスケジュールを考えて、その選択はナシ。
私のひとり旅はこーゆー観光ポイントをとことんスルーします。
フードーコートで秩父名物の「わらじカツ丼」とかそそられるモノもありましたが、
御花畑駅を出たとこにあった立ち食いソバ屋で昼飯は済ませてしまっていました。

12時25分発の特急「ちちぶ」26号で西武秩父線初乗車。
そもそも池袋線も西武球場に行ったときに、
所沢の一つ先の西所沢までしか乗っていないので、
大手私鉄の「本線系統」では多くの部分を乗っていない路線でした。

※他には西鉄の久留米以南、京急の金沢文庫以南と、
準大手では山陽電鉄の別府~姫路あたりが残っています。


「ちちぶ」は飯能駅で方向転換するのでシートは進行方向と逆向きに設定。
秩父に向かう際に進行方向向きになっているのね。
もともとは観光開発とセメント関連の貨物輸送のために
1969年に吾野以北が新設された区間。
秩父駅のひとつ先には貨物用のスペースも広くとってありましたが、
1996年の貨物輸送が廃止になってからは、車両基地として使用され、
先代のレッドアローなどの静態保存もされています。
秩父~飯能間は全線単線なので、関東私鉄最長の正丸トンネルでは、
行違いの為に信号所も設けられています。
路線は途中から荒川支流の高麗川沿いに山間部を走り、
高麗駅で関東平野に出て、そこからは飯能・入間・小手指と
マンションや分譲住宅が立ち並ぶ住宅街を抜けて13時22分に所沢に到着。
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所沢駅も橋上駅舎がリニューアルされてから初めて来た。
駅ナカ施設がエライ充実していて、西武の拠点駅としての貫禄が増してました。

ここから先は多摩地区の西武支線群の未乗区間制覇。
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まずは狭山線(既乗)で西武球場前駅に出て、山口線(レオライナー)へ。
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野球開催時の乗客捌きのために広大な狭山線ホームの一段上に、
山口線のホームはあります。
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山口線のホームから狭山線のホームを見るとこんな感じ。

山口線は西武球場開設前に、
この地にユネスコ村というテーマパークの開園時に建設された路線。
最初は762ミリのナローゲージ軌間で、
蓄電池電車や頚城鉄道(新潟)・井笠鉄道(岡山)で使用されていた
コッペル社製の蒸気機関車が走っていました。
ある意味、日本での保存鉄道のはしりみたいな路線でもありました。
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1985年に規格を案内軌条式(ゴムタイヤ軌条)に変更し、
路線の位置も変更して西武球場前駅と西武遊園地駅を結ぶ路線となりました。
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平日なのでガラガラでした。

今や数少なくなった「鉄道会社系」テーマパークのひとつとなった
西武園ゆうえんちと多摩湖の間を走る路線で、途中の遊園地西駅と、
終点の西武遊園地駅はどちらも西武ゆうえんちのゲートと隣接しています。
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僅か6分で西武遊園地駅に到着。
山口線のホームと向かい合わせの同一平面で多摩湖線のホームがあります。
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多摩湖線は西武拝島線の萩山を経て国分寺駅までの9・2キロの路線。
西武グループの祖である堤康次郎が
最初から開業に関わったという意味においては、
西武鉄道のルーツとも言える路線です。
(あとでもう一つの「ルーツ」が出てきます)

かっては西武新宿駅からの直通列車も走っていましたが、
今は土日も含め臨時列車を除き線内運転のみとなっています。
また線内でも萩山で分断されている運行も多いです。

多摩湖線と国分寺駅はJRや国分寺線とは少し離れた場所にあります。
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とはいえ、列車の長大化と駅北口再開発によるホーム移設で
以前より少し近くなり、国分寺線とも同一構内となりました。

こちらが国分寺線のホーム。
JR中央線と同じ並びに位置しています。
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このように同じ鉄道会社の駅なのに場所が違うというのは、
京王や東急の新線でのケースを除けば、
近鉄の王寺・新王寺(こちらは駅名も違いますが)とここくらい。
どちらも共通しているのは、鉄道会社としての出自が違うこと。

多摩湖線は堤康次郎が最初から関わったので「西武のルーツ」と書きましたが、
現在、国分寺から新宿線の東村山を結ぶ国分寺線は、
1894年開通と現在の西武鉄道の路線では最も古い。
ですので、こちらももう一つの西武のルーツと言えます。
もともと国分寺と川越を結ぶラインが本線で、
国分寺で甲武鉄道(現在の中央線)と接続するのが目的でした。
この国分寺線をルーツとする西武鉄道(旧)が、
堤康次郎が経営する武蔵野鉄道と合併したのが1944年で、
それまでは国分寺線と多摩湖線はライバル社の競合路線だったわけです。
ですので、両線は多摩湖線八坂駅近辺で立体交差していますが、
両線を接続する駅は存在しません。
このようなパターンは他の私鉄では現在は見ることができません。
(昔の様に路線網が複雑なときはあったかもね)

そしてこのライバル関係が生んだ路線が、
今回最後に乗った未乗区間
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東村山から一駅だけの西武園線です。
こちらは西武鉄道(旧)が1930年に開業させた区間。
当時の終点は村山貯水池前駅といって、
東村山から一駅であることは今と同じですが、
場所は現在とは違い、西武遊園地駅に程違い所。
これは村山貯水場(多摩湖)が東京府民の観光地として有望な場所であり、
そこへのアクセス路線として多摩湖鉄道と西武鉄道(旧)が競合したためでした。
西武遊園地駅も当時は村山貯水池駅とライバル意識剥き出しでした。
ちなみに西武球場前駅も狭山線開業と当時は位置は少し違いますが、
村山貯水池際駅という名称でした。

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後に武蔵野鉄道と西武鉄道(旧)が合併し西武農業鉄道となり、
現在の西武鉄道の基礎が作られたときに競合関係がなくなったわけですが、
この地に現在の西武園競輪場が作られたことにより、
そこへのアクセスのために駅の位置を現在の場所に統合し西武園駅となりました。
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現在は国分寺線に乗り入れる運行がありますが、
ほとんどが線内折り返しだけです。
かっては西武新宿までの直通が走っていましたが、
今は競輪開催日でも直通運転はないようです。

私が西武新宿線をよく利用していた頃は
西武園行きの急行(拝島行きと併結)もあったと記憶しているんだが・・。
※調べてみたら分割併合やっていたのは「拝島・西武遊園地」のほうでしたね。

東村山から所沢に戻って、池袋線の準急で池袋に出て今回の旅は終わり。
西武の多摩地区の支線網って住んでいる人にとっては、
近い距離に駅がたくさんあってとても便利な存在だと思うんですが、
東京近辺に住んでいる人にとってはほとんど未知の世界なんでしょうね。
一見すると多摩湖を取り囲むように
無駄に多くの路線がひしめいているように見えるわけですが、
そこには路線網形成にいたる複雑な歴史があるわけです。

これで西武鉄道の残る区間は、
多摩川線・豊島線・西武有楽町線だけとなりました。

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