桜に囲まれて「18きっぷ」旅 一日目③伊勢路の奥へ・・名松線初乗り

足まかせ旅日記
04 /05 2021
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「また来てねぇ~」・・行くの大変

午前7時32分松阪発家城行き・・これが名松線下りの一番列車で、
家城駅での接続で8時25分発の伊勢奥津行きも同じく一番列車。
上りの一番列車は伊勢奥津発5時56分なのでそこまで遅くはないんですが、
その上りの一番列車がそのまま折り返して
下りの一番列車になるというシンプルなダイヤです。

松阪を出発した一番列車は8時11分に家城駅に到着、
反対のホームには当駅8時25分発伊勢奥津行きが待っています。
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名松線での交換可能駅はこの家城駅だけ。
しかも単線路線の名松線の閉塞方式は、
今やJRでは全国でもここだけの票券閉塞方式(松阪~家城)。
なお、家城~伊勢奥津はスタフ閉塞方式で、
こちらについては越美北線、越前大野~九頭竜湖でもいまだ採用されています。
(なお、第3セクターを含む私鉄では事例多し)

なお、鉄道ファンでもさほどディープでない場合、
このような閉塞方式をひとくりりにタブレット閉塞と表現し、
その通票も「タブレット」と総称しますが、
タブレット閉塞の場合は、駅務室内に閉塞機があって、
タブレットを取り出す手順がいくつかあるわけですが、
スタフ閉塞や票券閉塞の方がその手順がシンプル。
ただし、乗客が目にすることのできる、運転士と駅員のやり取りについては、
いずれの閉塞方式でも同じように見えるので区別はつけにくい。
ま・・いずれにしても全国であまり見られない駅での風景が、
この家城駅では見ることができるということです。
そちらについては上り列車乗車時に写真を収めているのでその時に・・。

名松線の現在の区間が全通したのは昭和10年と比較的遅い。
路線名の由来は「松阪」と「名張」で、
もともとは名張を経由して奈良県の桜井と結び、亀山経由の関西線よりも
関西方面と伊勢を短絡で結ぶために計画されたもの。
しかし、現在の近鉄大阪線、山田線が先に開通し、
短絡の意義を失い、伊勢奥津から先の計画は凍結されたまま、
盲腸線として何度もの廃線の危機を残り越えてきた路線です。

家城駅は全通より4年早い昭和6年に開業。
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駅舎開業当からのものを改修を重ねながら使い続けています。

切符売り場のまわりの感じが往時の雰囲気を伝えています。
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家城から先、伊勢奥津までは雲出川沿いの山間区間となり、
ところどころで「JR西日本ではお馴染みの」時速25~35キロ制限の場所がたくさんある。
ですので約18キロしかないこの区間に30分以上かかります。
(停車時間も含め平均すると時速36キロ程度ということです)
踏切で待たされた車が、道路が線路と川を挟んで平行する場所で、
ラクラクと列車を抜いていったのを見て、ちょっと悲しい気持ちになりました。

川の両側を緩やかな山並みで囲まれ、
そのところどころに集落が固まっている風景。
まるで観光列車のようにそんなところをのんびり走っていきます。
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先ほど「悲しい」と書きましたが、
こうした景色を「流れるように」車窓から眺めるのではなくて、
一つ一つの風景をじっくり見ることが出来る。
旅人としてはこれに勝る路線はないとも言えます。
(なお、この翌日以降、中国地方のJR西日本の路線で
イヤというほど同じ経験します)


8時59分終点の伊勢奥津駅に到着
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乗客は観光客ばかりで地元の利用者らしき人はいない感じでした。

家城~伊勢奥津の区間は2009年10月の台風被害以降、
2016年3月までの長い期間不通で、その間にこの区間の廃止も論議されました。
(それ以前に国鉄時代の特定地方交通線第2次廃止対象線区でした)
しかし、地元自治体(ほぼ津市ですが)の支援により存続されています。
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伊勢奥津駅にはそうした地元の存続への思いが随所に見られます。
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観光案内交流施設も駅に隣接して建てられ、
伊勢奥津駅を盛り上げようと頑張っています。

ただし、盲腸線としての旅の難しさを和らげる
「別ルート」がほぼ機能していないのが痛い。
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計画では鉄道で結ばれ予定だった当駅と近鉄大阪線名張駅を結ぶバス路線が、
名張駅行きが朝早すぎて接続になってなく、片方だけ接続可能。
しかしそれも3月一杯で廃止されてしまい、
観光シーズンのみ途中乗り継ぎで接続可能となってしまいました。

伊勢奥津駅の近くにはかっての伊勢本街道は通っています。
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街道沿いには見学可能な古い民家もあります。
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かっては奥津宿の万事屋だったそうで、
大正時代の看板が今も掲げられています。
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街道沿いには奈良県との県境が源流の雲出川が流れています。
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車止めの向こうには
かって蒸気機関車が使用されていた頃の給水塔が残されています。
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折り返し列車が発車するまでまだ少し時間があったので、
観光案内交流施設で名松線関連グッズや地元の特産品を物色。
で、この二品を購入。
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全線復旧「五周年」でグッズを販売する名松線への熱い思い。

もう一つは遅い朝食用。
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地元の手作り感がとても良い。もちろん美味でした。

帰りは行きと反対側からの車窓を堪能。

伊勢八知駅は津市に合併された旧美杉村の中心地の最寄り駅で、
特産の美杉杉を使った津市営研修施設併設の駅舎が立派。
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ここまで立派だと新築の木造駅舎であれつい立ち寄りたくなる。

伊勢竹原駅は古い木造駅舎が残っています。
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家城駅の手前では雲出川が渓谷美を作っていて、
「家城ライン」と名付けられた景勝地になっています。
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家城駅まで戻ってくると、かなり開けた風景になります。
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さて、家城駅でも通票交換風景
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運転士から通票を受け取った駅員は、それを一旦駅務室に持っていく
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その通票は松阪方面からやってきた伊勢奥津行き列車の運転士に渡し、
その列車から受け取った通票を今度は松阪行きの運転士に渡す。
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この通票受け取りを待っている間に
家族で旅行していた子供たちとの記念撮影に気軽に応じる運転士さん。
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こーゆーのも長閑なローカル線らしくていいなぁ。
(運行規則上はどうかとは思うんだが・・いいよね)

家城駅を出発してからずっと考えていたのが、この先の乗り継ぎ。
近鉄を利用して伊賀神戸駅に出て、そこから伊賀鉄道に乗る予定でしたが、
松阪駅で難波行き近鉄特急に乗り換えれば一時間早いプランで回れるんですが、
乗り換え時間が2分しかなく、
ワンマン運転で途中の乗り降りで手間取れば数分の遅れはすぐ生じる。
かといって急行を待つと一時間遅れのプランとなる。
松阪まで出ずに一志駅で降りると、すぐ近くに近鉄大阪線の川合高岡駅があるけど、
そこは各駅停車しか停まらず、急行よりは早くに伊賀神戸駅には着くけど、
そこから先のプランは急行に乗るのと変わらない。
さてどうしよう・・と悩んでいるときにハタと閃いた。
川合高岡駅の隣駅は特急低停車駅の伊勢中川駅。
「先に進む」のではなく「一つ戻る」のであれば、
松阪で2分乗り換えのリスクがある特急に乗れるかも・・
で、時刻表を確認してみると、まさにそのとーり!
・・ということで松阪駅の4つ手前、一志駅10時41分下車。
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駅前の道路を真っすぐ歩いて5分もしないうちに川合高岡駅登場。
(近鉄にしては古い駅舎が残っている)
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いやぁ、驚くほど近かった・・最寄り駅としての案内ないけど。
ちなみに川合村と高岡村が昭和の大合併で一志町になったことを、
すぐ近くにあるこの2駅の名前が示しているというのも面白い。
(ちなみに一志駅の合併前の駅名は伊勢田尻駅)

さて、ここからはしばらくJRを離れての「18きっぷ」以外の旅。
三重県内で残った2路線のうちの一つ伊賀鉄道を完乗します。
(つづく)

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gotama

K-POPグループSECRET(シクリ)、SONAMOO(ソナム)の動向、オリックス・バファローズの応援を中心に、色んな趣味、雑学などを日々徒然に書き込んでいきます。原則毎日更新です。
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