ヒョソン :Vliveでグラビアカット公開・・これはもう「写真集」です④

シクリ(Secret)「非」公式スポンサーのぺえじ
02 /28 2021
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横長はビハインドカットしかなかった

ヒョソンのWEBグラビア、
最後のテーマはカリスマ&セクシー


バストアップのショットでさえカリスマ性100%
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全身ショットともなればセクシーさは「特盛のマシマシ」
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以前に貼ったときも言いましたが、この2枚は別格
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ロングコートを脱いだらこんな感じ(ビハインドカットより)
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これを作品としてアップしてたら少し刺激強いですね。

インスタにはアップされてたけど何故か選から漏れていた3枚
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このシリーズあと1回続けます。

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ヒョソン :Vliveでグラビアカット公開・・これはもう「写真集」です③

シクリ(Secret)「非」公式スポンサーのぺえじ
02 /27 2021
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ゴージャスな巾着・・・ではない

ヒョソンWEBグラビア、3つ目のテーマは

CHIC & LUXURY

まずは豪華バージョン
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撮影した日の天候と時間のチョイスがよろしい。

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ラグジュアリー・・・うーん、衣装の絢爛豪華っぽい色彩はまぁそうだけど、
もっとアクセサリーとか「小物方面」で目一杯飾り立てても良かったかも。
もっともっと「眩いヒョソン」ってな感じで振り切って欲しかったかな。

お次はシックバージョン
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衣装の方向性としてはこれはシックと呼ぶに相応しい。
ただ、枚数が少ないのと撮影場所に不満が残る。
渋めのバーとか、無機的でない場所でも撮って欲しかった。

枚数がアレなので、このテーマだけ先にビハインドカットを貼っておこう。
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といってもモノクロで一枚だけだったけどね。

ラストのテーマはCHARISMA & SEXY
これぞヒョソンというカット盛りだくさんです。

ヒョソン :Vliveでグラビアカット公開・・これはもう「写真集」です②

シクリ(Secret)「非」公式スポンサーのぺえじ
02 /26 2021
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シャボン玉も艶めいて見える

ヒョソンのWEBグラビア(ってことでいいか?)
第二弾のテーマはCUTE&PRETTY
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キュート・・・かぁ?
なんとなくだがファニーの方があってない?

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うーん、小道具のカメラがプリティな感じ。
まぁ確かにヒョソンコミカルな可愛さは出てるとは思うけど、
それってやっぱりファニーのほうじゃね?

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ナチュラルなヒョソンの笑顔が愛らしい。

撮影のビハインド動画もアップされてますね。

こちらについても後日キャプチャ画像貼ります。
60秒の短い動画ですが
「完成品」に引けを取らないキャプチャが出来そう。

次回はCHIC & LUXURYでお届けします。

ヒョソン:Vliveでグラビアカット公開・・これはもう「写真集」です①

シクリ(Secret)「非」公式スポンサーのぺえじ
02 /25 2021
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いっそホントに写真集出したらいいのに‥と思う。


昨年末あたりからヒョソンのインスタで、
スタジオで撮影したっぽい画像が小出しにアップされていましたが、
VliveのJHSエンタのページでグラビア集の体裁でまとめてアップされました。
枚数もかなり多いのでテーマごとに分けてこちらでも貼り付けます。
(なお、以前にこちらで記事にしたのと画像はかなり重複します)

最初のテーマはCASUAL & FRIENDLY
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インスタの方では間があいての別の服でのアップでしたが、
こちらも同じコンセプトだったようです。
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カジュアルな恰好の時のヒョソンこそ
最もそのセンスが表れているようにも思えます。

次回はCUTE & PRETTYヒョソンをお届けします。


KEEMBO : 「INSIDE」MV公開

最強ボーカルデュオ`KEEMBO’
02 /24 2021
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怖いっす

23日、KEEMBOのフルアルバム第一集「スキャンダル」リリースと同時に、
収録曲「INSIDE」のMV公開。


出だしからホラーサスペンス風味満載・・というかやりすぎの感もある。
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なんし、鋭利な凶器と袋詰めの「何か」ですから
おどろおどろしいイメージしか湧いてこない。
歌詞の英訳あるんで読めばわかりますが、
内容的には別れの歌。
ただし相手を拒絶するような強めの別れではあるようですけどね。

MV全編で心の闇や苦しみ描いているようで、なかなかに重い。
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特にボヒョンのパートは救いがないような感じ
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ボアのパートは炎で苦しみを表しているけど、
本人の表情に怖さというか狂気のようなものは薄い。
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2人のボーカルについては上手さは伝わるんだけど、
世にアピールしたい凄さまでは出し切れてないような印象。
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映像の印象が強すぎて、
曲や歌声の印象が弱まってしまっている感じもある。
スタジオライブの動画もそのうち公開されるだろうから、
曲についてはそっちでじっくり聴いてみたい。

他のアルバム収録曲もアップされているので、
一曲ずつレビューしていこうと思います。

東濃・西濃未乗区間の旅➉ 近鉄「スナックカー」とのお別れ

足まかせ旅日記
02 /23 2021
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在りし日のヘッドマーク付き先頭車(1983年5月名張駅)

フリー切符を持っているし時間的にも問題なかったので、
桑名駅から関西本線に乗って名古屋まで出ても良かったのですが、
今回が「新スナックカー」の愛称でも知られた
近鉄12200系特急車両との「お別れ」の最後のチャンスなので、
名古屋まで近鉄をチョイス。
桑名駅に着いたときに丁度12200系が名古屋に向けて出発していったんですが、
これはタイミングが悪く撮影できず・・・もちろん乗車も叶わず。

で、一区間だけですが次に来た特急を利用。
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これからはアーバンライナーが名阪乙特急のスタンダードになるわけです。

隣では令和時代の名阪間特急の主役「ひのとり」が出発するところ。
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3月からは全ての甲特急が「ひのとり」になるので、
乗ろうと思えばいつでも乗れる。
次に大阪に帰るときには往復のどちらかで初乗車しちゃる!
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アーバンライナーが回送されて引き上げていった後に入線してきたのが、
宇治山田行きの12200系+ACEの混結編成。
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1967年に登場した12000系スナックカーに始まり、
2年後の1969年から1976年まで増備された12200系新スナックカーが
2000年代近鉄特急の最大勢力であり、
汎用型特急列車として一時代を築いていました。
近鉄特急の「顔」はビスタカーであり、その後のアーバンライナーや、
伊勢志摩ライナー、「しまかぜ」さらには「ひのとり」と、
主役は時代によって変化していきましたが、
その間もACEに汎用型としての地位を譲るまで、
長年に渡って多くの乗客を運び続けました。
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私が初めて近鉄特急に乗ったのは南大阪線で16000系でしたが、
その年(1978年)の夏に、今はなき「湯の山特急」で初めて12000系に乗車しました。
(12000系だったのか12200系だったのかまではわからず)
このときの写真は残っていないんですが、
翌年の夏に家族で伊勢旅行した時の帰りが「スナックカー」でした。
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名古屋行きの11400系と並んでいるのも時代を感じさせる。

この年に大和西大寺駅で撮影した時はレア並びにも遭遇できた。
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20100系「あおぞら」と18200系「ミニエース」が並んでいます。

この後も名阪ノンストップ以外で近鉄特急を利用するときには、
12000・12200系と遭遇する機会は多く、
私にとっても「人生を共に歩んできた車両」と言うに相応しい。
(年齢的にもだいたい同じです)
そして12200系の引退は長年親しまれた
「紺とオレンジ」の近鉄特急車塗色とのお別れでもあるわけです。
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個人的には12200系の引退以上に、この塗色とのお別れの方が悲しい。
関西地区で昭和後半に少年時代を過ごした鉄道ファンとしては、
このカラーリングこそ「特別な色」でした。
関東地区のように私鉄各社が豪華な特急車両を持っていたのと違い、
関西地区は阪急・京阪が特別料金をとらない、
「少し豪華な車両」であり阪神に至っては速いだけ。
南海は「四国」「こうや」がありましたが、
「四国」は心ときめくほどでなく、カラーリングも一般車と同じで、
「こうや」は当時一編成のみで運行本数が少なく縁遠かった。
阪急沿線に住んでいたものにとって近鉄特急は憧れ車両で、
この車体の色はその象徴のようなものでした。

最後ということで発車シーンを動画に収めておきました。


12200系2021年2月17日に運用から外れ引退。
長い間おつかれさまでした。
(団体用の改造編成がまだ残っていますが)

名古屋駅ではもう一つのお別れもありました。
近鉄名古屋駅の改札からJR名古屋駅構内に上がったところにあった、
カフェレストランが私が行ったその日に閉店。
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いろんな種類の「名古屋メシ」が楽しめるというのも良かったのですが、
コンセントがあって喫煙スペースもあるという、
その「どちらもない」特急「しなの」に3時間乗る前や着いた後に、
「充電&一服」するに丁度良い場所でした。
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このスタイルになる以前のイタリアンカフェ時代も愛用していましたが、
新しい店舗になったときも喫煙スペースは残しておいてほしい。
(近くにあるアバンテも紙巻きたばこは吸えなくなったからなぁ)

さほどお腹は空いていませんでしたが、
最終の「しなの」に乗る前にホームで面白いもの見つけたので思わず購入。
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「ハヤシもあるでよ」で一世風靡した名古屋が本社のオリエンタルカレー。

中のメンチカツサンドはというと・・
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予想に反してカツの部分じゃなくパンの方にカレーをコーティング。
ふんわりと優しいカレー風味とサンドされた福神漬けは食感が独特でした。
どことなく郷愁を感じさせるパッケージと味。
名古屋駅で小腹を満たそうと思うなら、これは「買い」です。
(ホームで「きしめん」食べた後に車内でコレというのが程よいかも?)

これにて今回の旅の記事は終了。
岐阜県内は明知鉄道、樽見鉄道の全線と東海道線の美濃赤坂支線、
名鉄竹鼻・羽島線を残すのみ・・と言っても結構残ってますね。

次回の旅の予定は3月21日までありません。
しばらくは「足まかせ旅日記」カテゴリーはお休みとなりますね。

スミン:「10ASIA」youtubeチャンネルでインタビューを受ける

SONAMOO:Green Moon Rising !
02 /22 2021
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「元気です」

次のステップに向けて模索を続けているスミン
先日、10ASIAのyoutubeチャンネルの中の企画、
「お元気ですか?」でソナム脱退後初めてインタビューを受けています。


大きく目立つことはないですが、レギュラー番組を持っており、
イベントへの顔出しもあったりと、
ソナム残留メンバーよりも活動しているスミンですが、
年齢のことを考えると、アイドル的なポジションではなく、
韓国芸能界で一定の地位を得るためのスキルアップと実績が必要。
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このインタビューでも話をしているユーチューバーとしてのアピールについては、
残念ながらほぼ「爪痕」は残させていないので、
同じく将来展望として語っている女優への道が現実的。
ただし、スミンの演技キャリアというのはソナムデビュー前にナヒョンともに、
ヒョソンの出演ドラマ「幽霊を見る刑事、チョヨン」で一話のみの出演しただけ。
ソナム総出のWEBドラマでも演技シーンと言えるほどのものはなく、
同じ立場であるナヒョンの実績と比べると「ずっと後方にいる」状態です。
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さきほど「現実的」とは言いましたが、
実質的に「これからスタート」ということを考えると、
小さいチャンスをきっちり拾っていかないと将来は見えてこないでしょう。
それには俳優のブッキングに強い芸能事務所の助力が不可欠だと思うんですが、
そこのところについて今後どういった動きになるかも不透明な状況。
(今のスミンの人脈だと個人事務所はムリでしょう)
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心優しく前向きなスミン
インタビューでは「これからチ・スミンとして頑張る」と決意を語っています。
決して楽観できる将来ではないですが、
これからのスミンの頑張りを見守っていきたいと思います。

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KEEMBO : 初のフルアルバム「SCANDAL」23日にリリース!

最強ボーカルデュオ`KEEMBO’
02 /21 2021
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活動開始から10か月、一つの到達点・・でもまだまだ通過点

昨年4月の活動開始から5曲のMVと音源リリースと、
活発な音楽活動を行っているボヒョン&ボアKEEMBO
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それらの楽曲に2人のソロを含む新曲を追加して、
KEEMBOとして第一集となるフルアルバム「SCANDAL」
今週23日にリリースします。
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アルバム収録曲にダイジェストが既に公開されています。


既発表曲は6曲、これまでにリリースされた曲は
カップリングを含め全て収録されています。
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KEEMBOとしての新曲は2曲
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「INSIDE」はMVも作られる今回のメイン曲になる模様


ティーザーを見る限り、ちょっとホラーサスペンスのような感じ

そのカップリングとも言うべき曲が3曲目の「VOODOO」
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個人的にはこっちの方が「INSIDE」より好みかな。
2人のボーカルをシンプルに堪能できそうです。

そしてボヒョン、ボアはそれぞれソロを一曲ずつ
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ボヒョン「REFLECTION」はスケールの大きな曲になっていそう。

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ボア「BRAKE ME」は情念濃いめの楽曲に仕上がってそうです。
ボヒョンとの対比で言えば、もっとアップテンポの曲でもよかったような・・

国内で購入出来るようになってから手に入れようと思ってますが、
「INSIDE」のMV紹介と今回収録の新曲については23日以降順次記事にしていきます。
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東濃・西濃未乗区間の旅⑨ 養老駅(後編) 銘品、きび羊羹と養老サイダー

足まかせ旅日記
02 /20 2021
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養老鉄道完乗を締めくくってくれたのはラビットカー復刻塗装


養老駅での滞在時間は40分あったので、駅周辺を少しブラブラ
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駅前広場の石像は養老孝子伝説の源丞内がモデル。
・・・と言っても実在人物かどうかは不確かで、
記録としては鎌倉時代の説話集「古今著聞集」が初出。
近くにはその源丞内を祭神とした孝子神社もあります。
(平成になってからの創建という新しい神社ですが)

前の記事で紹介した立川勇次郎の顕彰碑も駅の隣にあります。
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近代産業史上の大物だけに碑の大きさもデカい。

観光地というには駅前の賑やかさはさほどではないですが、
それでも駅の目の前に土産物屋のビルがあります。
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店の中を覗いた時、お客は誰もいなかったというのもあって、
お店の方がとても丁寧に応対してくれました。
そこで購入したお土産が二品。
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「養老サイダー」は明治23年に大垣市で製造が開始された
国産最古のサイダーである伊吹サイダーがその源流で、
養老の名水「菊水泉」を原料にし、
この地に工場・本社を移転し「養老サイダー」となり、
その味の深さから「東の三ツ矢、西の養老」と評されるようになりました。
しかし平成11年に4代目社長が急逝し、レシピが失われたことから翌年に製造中止。
会社も廃業となり、幻のサイダーと化してしまいました。
ところが「養老改元1300年祭」の一環として、
2017年にクラウドファンディングにより「養老サイダー」の復元事業が始まり、
その過程の中で奇跡的にレシピのメモが見つかり、
当時の味を復元し販売するに至りました。

もう一つはこれも養老町限定の商品「きび羊羹」
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大正時代に養老の名物を作ろうと、
地元産の黍(キビ)を使って羊羹を作ったのが始まり。
キビと餅粉と寒天で作っていて、
アンコで作った一般にイメージされる羊羹とは、
味も食感も全く異なるものです。
ここでしか買えない逸品・・珍しいだけでなく味も絶品。
これは強くお勧めしたい。

さて、養老駅の駅舎の中
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三台並ぶラッチは木製ではないですが、
これはこれで現在では希少な存在です。

プラ製の椅子は少し残念ですが、
内壁は木造駅舎の雰囲気をたっぷり残しています。
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駅の出入り口の扉も重厚そのもの。
そしてここにも瓢箪で作った扁額があります。
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観光案内所のスペースもありますが閉まってました。
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壁にかかっている関取の肖像画は、
幕末の横綱で「阿波の四天王」と呼ばれた鬼面山 谷五郎。
文政9年に養老で生まれ、徳島藩のお抱え力士となり、
明治年間の最初にして歴代最高齢の横綱となった人物です。

次の電車を待っている間に腹も減ったので、
さっき大垣駅で買った美濃味匠の弁当を待合室で開く
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名古屋駅の構内にも店舗がありますが、
「天むす+味噌串カツ+手羽先」のセットとか、
ボリュームある弁当が種類も豊富にあって私のお気に入り。
この弁当も厚焼き玉子の下に昆布の佃煮が敷いてあってただの白飯ではない。
カツは当然のように衣に味噌がしみ込んでいて濃厚な味わい。
ラッピングに駅弁のような雰囲気はありませんが、
名古屋駅で駅弁チョイスするときのお勧めです。

大垣方面からやってきたのは
かって近鉄南大阪線のラビットカーで使われていた塗装の復刻車両
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1957年から1963年にかけて製造された
元祖ラビットカー6800系が元なので正真正銘の復刻ですね。
次に養老線訪れるときはどれだけ旧近鉄車が残っているだろうか。

養老駅から先は養老山地が進行方向右手に迫ってきて、
左手は揖斐川・木曽川が流れますが、
すっかり日が暮れてしまったので
濃尾平野の灯りしか見えなくなってしまいました。
「初乗車は陽が高いとき」という原則を外してしまっているので、
この区間はもう一度乗車する必要があります。

なお、養老線の車内にある三重の地銀、
百五銀行のポスターが気になって仕方なかった。
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百五銀行だけでなく、武蔵野銀行(埼玉)、七十七銀行(宮城)など
多くの地方銀行のイメージキャラクターを
乃木坂46のメンバーが長年務めています。
その地方銀行の中に八十二銀行が含まれてないのがなんか悔しい。

次回は最終回。
近鉄名古屋駅であの名車と最後の対面です。



東濃・西濃未乗区間の旅⑧ 養老駅(前編) 築100年超の和洋折衷駅舎

足まかせ旅日記
02 /19 2021
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和風の瓦屋根に洋風のドーマー窓

大垣駅から20分強で養老線で最も観光利用が多い養老駅に到着。
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・・・・と言っても緊急事態宣言下ですので日曜日だけどそれらしき人影なし

まぁ、時間的にもほぼ日没時でしたからね。
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撮影するにはだいぶん厳しい時間になってきました。

嵩上げする前のホームは煉瓦で組まれています
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駅本屋側のホームは側面が板で塞がれてますが多分同じでしょう
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ホーム上屋から大量の瓢箪がぶら下がっているのは、
養老の滝の孝子伝説からきていまして、
「滝の水を入れたら酒になった」瓢箪が街のシンボルともなっています。
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なお「養老」という地名の由来も、その孝子伝説からきていて、
この地を行幸した奈良時代の女帝、元正天皇が
その逸話を元に養老と元号を改めたことによってます。

駅舎はそんな格式ある地名に相応しい重厚な建築
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入母屋造の和風建築ですが屋根の部分に洋風のドーマー屋根を配した構造が、
竣工した大正期のモダニズムを感じさせます。

車寄せの部分の屋根も装飾を凝らしたもので、
その下の駅名の扁額は瓢箪で文字が描かれています。
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どの角度から見ても貫禄も風格も100点満点の駅舎
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中部の駅100選に第2回で選定されています。
国の登録有形文化財に申請したら確実に登録されそうです。
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もっと明るい時間で駅舎の前の桜が満開の時にまた訪れてみたくなる駅です。

次回は駅舎の中と駅前の土産物屋で購入したお土産などを紹介

東濃・西濃未乗区間の旅⑦ 西大垣駅は駅舎の中が渋い

足まかせ旅日記
02 /18 2021
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木製のラッチが複数台残されています

西大垣駅は大垣市の中心部の端っこに位置し、
大垣市を代表する企業イビデンの工場に囲まれるように建っています。
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イビデンは1912年に創業された揖斐川電力がルーツで、
電力開発を中核に化学・機械など多岐にわたる製造業を営んでおり、
養老鉄道も開業間もない頃に傘下に入ったことがあります。
明治後期から大正時代は電力会社の勃興期で、
電力を供給する各社が鉄道会社などを経営するケースは多くみられました。
戦時体制で電力が国家管理され、最近に電力自由化まで東京電力など、
エリアごとの大きな電力会社の寡占となっていたわけですが、
揖斐川電力は現在の中部電力の母体の一つというわけです。

ちなみに揖斐川電力の創設者は大垣出身の立川勇次郎で、
京浜急行の前身、大師電気鉄道の設立者としても有名で、
「日本の電車鉄道の父」と呼んでも差し支えない人物。
今年の大河ドラマの主人公、渋沢栄一ほどのスケールではないですが、
明治~大正期に多くの企業を興した重要人物の一人です。

西大垣駅では桑名行きと行き違い。
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モ602・サ552・ク502の編成は両端が近鉄名古屋線の1600系で、
中間車が南大阪線の6000系が出自。
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どちらも昭和40年以前の製造で、養老鉄道の中でも現役最古参の部類に入ります。

西大垣駅も反対側のホームから駅舎を眺めるには上屋がちょい邪魔
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隣に車両区があるので構内に側線もあります。

ちょっとユニークなのが駅舎側のホームから構内踏切に至る階段
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ホームの嵩上げの際にこのようになったのかも知れませんが、
直線じゃなく螺旋状になっているのはあまり見たことがない。

改札内はキップ売り場などの窓口もまだ現役なのが嬉しい
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大正2年開業からの駅舎ですので、
台の支えのところなどにも細工が施されていて、
360度レトロな雰囲気に包まれています。
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駅舎は「市街地の行き止まり」みたいな感じで建っています。
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揖斐駅同様に車寄せの部分の造りこみに手前をかけています。
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軒の部分も瓦葺なのが揖斐駅とは違うところ。
また壁面も補修はされているんでしょうが、
板壁のままで開業時の雰囲気を色濃く残しているようです。

駅舎と連続している社員の当直用(?)の建物は一般家屋のようにも見えます。
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養老線の中心駅らしく駅前広場が大きくとられており、
駅から片側2車線の広い道が真っすぐ伸びていて、
大垣城や市役所が隣接するメインストリートの一つになっています。
このまま駅で桑名行きを待っていてもよかったのですが、
その道を歩いて大垣駅まで戻ることに。
ところが思っていたよりも距離が長く、途中から乗ろうとしていたバスも来ない。
結局、大垣駅から伸びる道とクロスするところまで歩いて、
そこから少しの区間だけバスに乗車して大垣駅の発車にギリ間に合いました。
「水の都」とも呼ばれ市内に多くの湧水があるのですが、
それを見て回るには時間がなさすぎた。
大垣城も含め次回訪れた時にはゆっくり市内散策もしてみようと思います。

次は最後の訪問駅、養老駅です。

ソナム:ウィジン、何故か空手着でBoAのダンスカバー

SONAMOO:Green Moon Rising !
02 /17 2021
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凛々しい


ウィジンにとって久々のダンスカバー動画。
それもTSエンタやウィジン自身のyoutubeチャンネルではなく、
K-Tigers TVという、
テコンドーを取り入れた男女混成K-POPグループ、
K-Tigers Zeroを有する事務所のチャンネル。
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そこで、色んなグループやソロでのテコンドーコラボ企画があって、
ウィジンが出演したのもそんな動画シリーズの一つ。


そんなこんなでウィジンにとっては初めて着る空手着らしい。
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ウィジンの切れ味鋭いダンスには、こうした「勇ましい」衣装もマッチしますね。
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久々に良い画質でキャプチャできたもんだから枚数が増える。

ダンスの前後にテコンドーの型(ほぼ空手にしか見えないが)を取り入れるウィジン
未経験者とは思えないくらい蹴りや突きのポーズも決まっています。
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ほんとうに久しぶりにウィジンに外部オファーが来てちょっと安心。
これをきっけかにウィジンの露出が増えてくれたらいんだけど・・・

東濃・西濃未乗区間の旅⑥ 養老鉄道、揖斐駅・美濃高田駅

足まかせ旅日記
02 /17 2021
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揖斐までくると昼過ぎなのに雪が残ってました。

養老鉄道は大正2年に軽便鉄道として、養老~大垣~池野で開業し、
大正8年に桑名~揖斐の全区間が開業。
大正12年に全線電化し、伊勢電気鉄道への合併・分離を経て、
昭和15年に参宮急行電鉄(近鉄の前身)に合併されました。
そこから近鉄の狭軌路線として長らく歴史を刻んできましたが、
近鉄の経営合理化の一環として経営を分離し、
現在は沿線自治体が支援する上下分離方式となり、
養老線管理機構が鉄道施設・車両を保有し、
近鉄から有償貸与された鉄道用地と併せ、
養老鉄道に無償貸与する方式で運営されています。

この経営方式の変更も相まって、近鉄時代から同じ狭軌路線である南大阪線、
かって狭軌だった名古屋線からの転用車両のみだった養老線に、
同様の経緯をたどった伊賀鉄道と同じように
東急で活躍した車両が投入されるようになりました。

大垣駅で早速、そんな世代(?)交代の風景
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最初に乗った揖斐行きは東急の旧7700系
もともとは昭和36年から製造が始まった7000系で、
車体そのものは置き換え予定である旧近鉄の車両と
車歴的には大差はなく古いものだと既に50年以上経過。
しかし7700系に改番する際に台車・電気系統は更新されており、
腐食が進行しないステンレス車両ということで、
養老鉄道では「今後30年使用する」と豪語しています。

そして、こちらが置き換えられる旧近鉄の車両
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かっての「近鉄マルーン色」で、
京阪神のオールドファンにとっては懐かしい車体色です。
車内もワンマン化改造以外は近鉄時代の雰囲気そのまま。
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停まっていた西大垣行きの編成は南大阪線の6000系。
1963年登場の新ラビットカーと呼ばれた形式です。

養老線は大垣駅で桑名方面と揖斐方面に運転系統は分割されていて、
大垣を出発した電車はしばらくは両方向ともにJR線と並行し、
揖斐方面の室駅の手前でそれぞれの方向に分岐。
揖斐方面は右に大きくカーブして東海道線の下をくぐり、
揖斐川の右岸を北上。
終点の揖斐駅は濃尾平野の北西の端っこ。
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ホームの向こうには伊吹山地、越美山地の山々が迫ってきています。

駅舎は開業した大正8年からのもの
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軒が二段屋根のように張り巡らされて、
車寄せの部分はその軒と連続して切妻となっている。
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かっては名鉄揖斐線の本揖斐駅があり、そちらが揖斐川町の中心駅でしたが、
2001年に廃止になってしまって後は、こちらが中心駅となりました。
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現在も揖斐川を挟んで樽見鉄道が平行して北に延びていますが、
名鉄揖斐線、谷汲線が健在の頃は、
濃尾平野の北西の端っこに鉄道路線が縦横に走っていたわけで、
時代の流れではありますが少し寂しさも感じます。

駅舎の中も腰回りの板壁など渋さを感じさせます。
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揖斐駅まで乗ってきた列車ですぐに折り返しましたが、
大垣駅に近づくにつれ乗客も少しずつ増えてきて、
利用客の低迷が心配されていますが、
地域の足としての役割はまだまだ失っていないように感じました。
土日の全日と平日のラッシュ時以外に自転車の持ち込みが可能な
サイクルトレインも買い物などで活用されているようで、
若い人から年配の方まで複数台自転車と一緒に乗り込む
お客さんの姿も見かけました。

大垣駅で桑名行きに乗り換えて、次に向かったのは美濃高田駅。
揖斐川の支流、牧田川を渡るときの伊吹山地の眺めが美しい。
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大垣駅から美濃高田駅まで乗ってきたのも元は南大阪線の車両。
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美濃高田駅の前後で大きくカーブして、
ずっと平野部を走っていた路線は一気に養老山地の麓に近づいていきます。

美濃高田駅は養老鉄道開業時の大正2年からの駅舎が残っています。
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反対側のホームから駅舎全容を見るとき視界の妨げになる
ホーム上屋は後から作られたもの。
ホームがかさ上げされたときに作られたのかな?

駅舎の造り自体は揖斐駅と同じような感じですが、
入口の部分に切妻屋根がないのが違い。
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この後に訪れる西大垣駅、養老駅もそうですが、
地方路線にしては駅舎の造りが大きく立派なことに目がいきます。
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ただ大正期の建築にしては実用本位で装飾性が低くはある。

駅舎内も配置は揖斐駅とだいたい同じ。
木製の引き戸やかっての荷物扱い口(チッキ)の台が味わい深い。
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桑名方面からやってきた7700系に乗って再び大垣方面へ。
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この形式の3両編成の中間車は
片側だけクロスシートに改造してあり、
車窓を楽しむことが出来るようになっています。

次は大垣駅の一つ手前まで、
来たルートをほぼ往復して、車両基地もある西大垣駅へ。

次回へ続く

東濃・西濃未乗区間の旅⑤ 東濃から西濃へ移動

足まかせ旅日記
02 /16 2021
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JRの駅名だけが「かがみがはら」で市や名鉄の駅名は「かかみがはら」
だけど各務原高校は「かかみはら」高校・・・ややこしい。

明智駅で切符を買って新可児行きに乗車。
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JR乗り換えの時間に余裕があったので、
新可児駅構内の売店兼食堂(カウンターのみ)で昼食。
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新可児駅の規模で、まだこうした店が頑張っているのが嬉しい。

ここは岐阜県だけどメニューにあった「きしめん」とおでんを注文。
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きしめんは具材はシンプルでしたが麺の食感がグッド。
おでんは濃尾平野に住まう人にとっては欠かせない(であろう)味噌をかけて食す。
こうした「ささやかな」地元食が一人旅では嬉しかったりする。

太多線、次の岐阜行きはキハ75系
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特急用のキハ85系と同じカミンズ社のエンジンを積んで
最高速度120キロ出せる車両ですが、
単線の髙山本線での行き違い停車時間が長く、岐阜駅まで64分もかかる。
(犬山乗り換えの名鉄各務原線利用の方が5分早く着く)

まず美濃太田駅で17分の停車
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鵜沼駅でも3分停車
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長い連絡通路の向こうに見えるのが名鉄新鵜沼駅。
ミュースカイなどの始発駅で新岐阜方面と直通する2線以外に、
3線の頭端式の番線を持つ、ちょっと変わった構造の駅。

かっては新鵜沼駅から犬山方面で分岐して髙山本線への連絡線があって、
特急「北アルプス」が名鉄から髙山本線、
さらには富山地鉄まで乗り入れていました。
その乗り入れが廃止されてからは連絡線も撤去され、
かって岐阜方面でも繋がっていた線路も途中で途絶えています。
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鵜沼駅で普通列車同士の行き違いがあって、
次の各務ヶ原駅では特急との行き違いのため8分の停車。

駅舎は昭和53年に改築されたもの
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特筆すべきことが何もない駅舎です。
ここで長く停まるならば、美濃太田駅と鵜沼駅の間にある、
この区間で唯一木造駅舎が残っている坂祝駅で行き違い停車して欲しかった。

岐阜駅での東海道線の乗り換えも僅か3分。
金色の信長像を見ることもなく、隣のホームに移動してすぐ乗車。
長良川、揖斐川を渡って大垣駅に到着し、
一旦改札を出て、南口にある養老鉄道の乗り場へ。
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一日フリーきっぷを購入して養老鉄道初乗車です。
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もうすぐ終焉を迎える近鉄から受け継いだ車両に乗車することも今回の目的の一つ。
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次回からは「西濃編、養老鉄道完全乗車」です。

#전효성 #송지은 ヒョソン&ジウン:旧正月の韓服姿

シクリ(Secret)「非」公式スポンサーのぺえじ
02 /15 2021
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ジウンは一枚だけ

お隣さんは昨日までが旧正月の連休
ヒョソンは韓服姿で「夢見るラジオ」でボイスをお届け
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シクリ時代のカラフルな韓服に比べれば
落ち着いたデザインのをチョイスしてますが、
こうしたシックなものが似合う年齢になってきたということ。
それは決して悪いことじゃないし、
似合うデザインが変化するまで長く芸能界で頑張れていることに価値があります。
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で、カラフル韓服だったころのシクリ曲をこの恰好で歌うヒョソン
「マドンナ」「愛はムーブ」の2曲、


「愛はムーブ」はフルバージョンでしたね。
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最後のダンス動画の公開から結構間があいているし、
歌については一年以上の空白。
そろそろヒョソンの優しい歌声と再会したいですね。

東濃・西濃未乗区間の旅④ 広見線明智駅・・明智城があったのはこちらです

足まかせ旅日記
02 /14 2021
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長閑なローカル線風景


広見線完乗を終えて、そのまま御嵩駅から折り返し、途中の明智駅で下車。
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2面3線の構造ですが、かって八百津線の発着があった1番線は
現在はほとんど使用されていません。

新可児方面ホームの待合室。広見線の他の駅もこのスタイルでしたが、
廃レールを段違いにして傾斜をつけて屋根の支えにしているのが特徴
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駅は「麒麟がくる」絡みで明智光秀ゆかりの地をアピール
現代イケメン風の武将デザインは何とならんかったのか・・・
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同じ岐阜県の第3セクター明知鉄道にも明智駅がありまして、
こちらも光秀ゆかりの地をアピールしていますが、
こちらは現在の地名は恵那市明智町ですが、
もともとの地名は「明知」で三大山城の一つである岩村城を始め、
恵那のあたりを支配していたのは遠山氏であり、
美濃土岐氏の係累である明智氏の関わりはないに等しい。
それに対し、現在は可児市の一部となっている明智町は、
室町時代から土岐氏の支流明智氏の居城で、
土岐義龍の攻撃を受け、光秀の叔父とされる光安が討ち死にした場所ですので、
こちらの方が光秀ゆかりの地としては信ぴょう性が高い。
ただし、その戦いの場に光秀がいたということについては記録がなく、
落城によって流浪の旅が始まったのかどうかも定かではない。
流浪の末に越前朝倉氏に身を寄せたのは間違いないわけですが。

明智駅のすぐ北側には可児川が流れていて、
橋を渡ると中山道の宿場町であった伏見地区。
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現在も可児市と御嵩町の境界となっており、
明智城址よりもそちらに近いことから、
開業時から昭和57年までは伏見口駅を名乗っていました。

ちなみに明知鉄道の明智駅は国鉄時代は明知駅でしたが、
こちらも第3セクター化後の昭和60年に明智駅に改名。
岐阜県内に漢字も読み方も同じ駅が2つあることになってしまいました。

広見線明智駅の駅舎は東濃鉄道として開業した大正9年からのもの。
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大ぶりな古民家風の三角屋根が特徴的で、
名鉄の中では最古級の現存駅舎となります。

無人化されていますが、切符は自販機で購入できます。
その自販機が駅舎内ではなく外の設置されているのが謎。
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露天に置かれながら「きっぷうりば」と名乗っているのも面白い。

駅自体は道路から少し奥まったところにあって、駅舎の先は細い路地。
手前は駐車場と運行本数の割には広めのバス停留所となっています。
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この明智駅から北東に方角に平成16年までは八百津線が伸びていて、
木曽川沿いを7.3キロ走り、加茂郡八百津町とを結んでいました。
最盛期には木曽川の丸山ダム建設の資材運搬の一翼も担っていましたが、
利用が低迷する中、名鉄の閑散区間合理化施策により電化設備が撤去され、
単行のレールバス運行に切り替え。
しかし、その努力も空しく名鉄の第一弾閑散区間廃止の対象となり姿を消してしまいました。
(第一弾は岐阜600V区間、黒野駅以北、竹鼻線大須駅以南と八百津線、
第2弾は岐阜市内線、美濃町線、三河線猿投駅以北と碧南駅~吉良吉田駅)

明智駅構内には八百津線が分岐していたスペースがそのまま残されています。
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可児川を鉄橋で渡るまで築堤の上を走っていた八百津線ですが、
駅の近辺にその築堤がそのまま残っています。
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かってはこの上を7000系パノラマカーも走っていたというのがにわかには信じがたい。

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廃止から15年以上経過していますが、撤去する必要もないけど、
再利用するアテもないまま残されているという感じです。

廃線跡の写真を撮っているときに御嵩行きの列車が到着。
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この折り返し便に乗って新可児駅へ戻ります。

次回へ続く



#소나무 ソナム:何も動きはないけど、プロフィール風の写真は撮ってる

SONAMOO:Green Moon Rising !
02 /13 2021
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ディエナは朗読劇を無事終えることができた。


旧正月の挨拶の画像も動画も当然のようにアップされないソナム
そもそも、残留組5人が揃うようなことがあるのかさえも疑問。
ディエナが先月の31日に朗読劇に出演した以外は
相変わらず芸能活動もなし。
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そんな中でウィジンミンジェがインスタの中で、
スタジオで写真撮影しているところをアップしています。
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ウィジンは「仕上がった」写真と、多分そのスタジオでのオフショット
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ウィジンも「空白期間」が長いにも関わらず
タレントオーラはキープできてんだけどなぁ。
ただ、いつの間にかyoutubeチャンネルの動画も全て消されている。
(なのにチャンネルだけは残っているのも謎)

ニュッサンのはプライベートショットかな?
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それでもカメラマンによって撮られたものに見える当たりがニュッサン

もう何も起こらないことはわかりきっているソナムですが、
せめて個々の(芸能活動の)動きだけは見せてほしいんだが、
それすらも、もはや厳しいのかね。

東濃・西濃未乗区間の旅③ 名鉄広見線完乗

足まかせ旅日記
02 /12 2021
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毎時2本、同時入線、同時発車

太多線可児駅と名鉄新可児駅は同じ駅前広場に隣り合わせで位置しています。
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広見線の犬山~新可児(開業時は広見)は1929年に
名古屋鉄道が今渡線の延伸として開業させた区間ですが、
新可児から御嵩までは太多線と同じ(旧)東濃鉄道の軽便鉄道として開通。
太多線区間が国鉄に買収された時に名鉄、大同電力などの出資で設立された
東美鉄道として分離され、改軌および電化。
後に戦時統制の流れから名鉄に吸収合併され、戦後に現在の御嵩駅まで全通。
こうした路線形成の経緯の違いから、
名鉄の新可児駅は頭端構造のホームになっていて、
かって犬山方面から御嵩へ直通していた頃はこの駅でスイッチバックしていました。
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現在は新可児駅で運転系統が完全に分離されており、
新可児から先、御嵩駅まで全駅無人化とワンマン運転となったことで、
新可児駅のホームもほぼ行き先ごとで分離され、
御嵩方面ホームには乗り換え改札口が設置されました。
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犬山方面の日中は各駅停車の犬山行きと、
犬山から準急となる中部国際空港行きが15分おきに発車。
早朝はミュースカイが運行されたり、
神宮前から本線に乗り入れる運用があったりします。
土日ダイヤだと豊橋行きの特急も3本設定されています。
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ちなみに、発車していった犬山行きは、
特急一般車両用の1800系の間合い運用のようです。

御嵩行きは日中30分毎の運行で、
犬山方面からの折り返し中部国際空港行きと同時入線、同時発車。
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途中行き違いもなく、一編成でピストン輸送しているので、
方向幕は「普通」のみ表記し、「新可児-御嵩」の行先表示板(サボ)を掲げています。
令和の時代にサボが現役というのはかなりレアです。

車両は名鉄の支線区で頑張っている6000系
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ロングシートで横引きのカーテンって
不便なような気もするんだが、これが名鉄スタイル。

新可児から11分で終点、御嵩駅に到着
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東濃~東美鉄道時代は一つ手前の
御嵩口駅が終着駅で御嵩駅を名乗っていましたが、
名鉄の路線になってから昭和27年に御嵩町中心部のこの地まで延伸。

駅舎は開業時に建てられたものですが、
古い駅舎が淘汰されている名鉄の中では貴重な木造駅舎です。
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駅の近くには中山道の旧道が通っており、
49番目の宿場である御嵩宿の本陣跡など関連施設も徒歩圏内にあります。
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駅の無人化に伴って、駅務室が観光案内所になっています。
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地元の特産品の販売は行われていますが、乗車券は扱っていません。

28年ほど前に会議で名古屋に行くとき、
多治見から太多線で可児まで出て、そこから名鉄で新鵜沼まで行って、
当時はまだ道路併用橋だった犬山橋を往復して、
犬山線で名古屋まで行くという「寄り道」をしたときに、広見線の半分の区間は乗っていたので、
これにて広見線全線乗車達成。
名鉄で残っているのは三河線の海線区間と尾西線の一宮~玉ノ井、
竹鼻線・羽島線、豊川線、河和線・知田新線、築港線となりました・・まだあるなぁ。

先の予定もあるので御嵩宿には立ち寄らず、4分間の折り返しで新可児行きに乗車。

次はかっての八百津線との分岐駅で、
今なお大正時代の開業時からの駅舎が残る明智駅で途中下車します。
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会津地方の農家の屋根に似てなくもない


次回へ続く



東濃・西濃未乗区間の旅② 太多線、小泉駅・可児駅

足まかせ旅日記
02 /12 2021
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上下線同時発車・・名鉄広見線は待ってくれない


神領車両区に3両×6本だけ在籍する313系の8000番台。
3両編成で使われることはほぼなく、
6両ないし9両での運用が多く、
セントラルライナーでの固定運用がなくなったので、
他の313系に比べて中央西線で出くわすチャンスは多くはない。
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座席定員制の「セントラルライナー」用に作られた車両なので、
今も通路中央部にも号車と種別の案内が出るようになっていて、
居住性を高めるため、扉部分と座席スペースとの間が仕切られています。

座席もリクライニングこそしませんが、シートピッチは他の313系よりやや広い。
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車端部が固定クロスになっていて、
大きめのテーブルが置かれているのも特徴
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この区画はセミコンパートメントと言えなくもなく、
優等列車以外でこのスペースがあるのは珍しい。
JR東海が「ムーンライトながら」を存続させる気があったなら、
この車種をまわせばいいのにと思うくらいです。
(JR東との共通運用にするには色んな調整が必要なのかも知れませんが)

多治見駅では直前に太多線の列車が出てしまったので、
20分ちょいの待ち時間があり、駅近辺を少しブラブラ。
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東西自由通路のところに「駅ピアノ」が置かれていて、
カップル(夫婦?)が連弾で、素敵な音色を響かせていました。

日本全国いろんなところでアニメ作品とのタイアップが多い昨今ですが、
ここ多治見でも「やきもの」(美濃焼)をテーマに盛り上げようとしている模様。
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女子高生+〇〇のバリエーションも
ついに伝統工芸の世界にまでやってきましたか。
今年4月からの放映の予定で、
アニメ15分、実写15分で一回の放送となるのも新しい試み。
舞台となる高校の名前が「織部学園」でというのはさもありなん。
登場人物の苗字か名前に「志野」が出てこないのは残念ですが、
焼き物のメインは志野焼になるだろうから避けたのかな。

陶器が登場したなら次は是非「漆器」にもチャレンジして欲しい。
そのときは輪島、会津を押しのけて木曽漆器が名乗りを上げてくれたら嬉しい。

さて、久しぶりの太多線。
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見た目は313系ですがディーゼル車であるキハ25系。
電車と気動車の外観が全然違うのが東、西、四国なのに対し、
北海道、九州、東海は外観、車内を同じ設計にしている形式も多い。
特に東海は、どこに行っても同じような外観の車両が走っているような印象。

多治見駅を出て次の駅、小泉駅でいきなり行き違いで3分停車。
ここは駅移転時の昭和3年の翌年からある木造駅舎なので、
僅かな時間でも駅の正面にまわって撮影。
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入口の大きな三角屋根と重量感のある木製の支柱&梁が個性的。

ホーム側からの外観は木造駅舎感はやや薄め
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待合室はL字型の木製のベンチがいい感じ。
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あと天井の蛍光灯の配置も独特でした。
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小泉駅からは16分ほどで可児駅に到着
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列車はしばらく名鉄広見線と並行して美濃太田方面に去っていきます。

可児駅と名乗るようになったのは昭和57年と比較的新しく、
大正7年の開業から長らくは広見駅という名前で、
東濃鉄道として開業した当初は現在の場所ではなく、
可児川の対岸にありました。
国有化の後、昭和3年に美濃太田まで開通した際にルートが変更され、
現在の位置に移転したわけですが、
移転したエリアは広見町ではなく今渡町でありながら駅名は変更されないままでした。
これは先に開業した名鉄今渡線(現、広見線)の
今渡駅との重複を避けるためだったのでしょう。

駅舎は移転開業当時からのものですが、
最近東西自由通路が完成し、駅の外観を少し損なうようになってしまっています。
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とはいえ、利用者の利便性の向上につながっていますし、
自由通路とのエレベーターの共有により駅のバリアフリー化にも貢献しているので、
「橋上駅化されず駅舎が残って良かった」と思った方がいいですね。

横に長く屋根を伸ばした地域の拠点駅としての風格ある姿です。
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改札口付近をスロープのようにしたのは最近のことかも?

駅舎内部は、それほど趣があるものではなかった。
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さて、ここからがようやくの未乗区間。
隣り合わせにある名鉄新可児駅から広見線の御嵩駅を目指します。
(新可児~犬山は27年ほど前に乗車済)

次回へ続く

東濃・西濃未乗区間の旅① 本編の前に中央西線、大桑駅・美乃坂本駅

足まかせ旅日記
02 /11 2021
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中央西線、名古屋地区でもちょっと特別な313系8000番台

一月の最後の日曜日。
ここを逃すと、次の(動ける)休日は3月21日までない。
天気は幸い晴天ということで、
例のごとく「しなの」の始発に長野から乗車。
今回は「正しく」青空フリーパスを購入するために上松駅で下車。
僅か3分の乗り換えでしたが、改札口に一番近い車両に移動し、
釣銭のいらぬよう丁度の金額を準備して、
窓口で即座にフリー切符を購入。
跨線橋を駆け上がり駆け下りて、
中津川行き普通の発車に1分余して間に合う。
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朝7時52分上松始発、ガラガラでした。
この列車の有り難いのは、以前に訪問できなかった、
中央西線の木造駅舎、大桑駅で列車行き違いのため4分間停車すること。
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駅舎がある側に停車するので、4分あれば駅舎の撮影には充分。
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前後の明治開業の駅とは違い、大桑駅は昭和26年開業と、
中央西線の駅の中で新しい部類になります。
ただし、駅舎は開業当時のものですので、
シンプルながら木造駅舎としての風格は備えています。

窓口の棚の支えの金具が戦後の築にしては古めかしい装飾のものです。
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対面式ホームで駅舎は片側のホームの一段下がったところにある構造で、
二面三線の国鉄の標準的な駅構造とは異なっています。
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戦後に信号所から駅に昇格した倉本駅、十二兼駅、田立駅も
駅舎の位置は異なりますが同じ対面式の構造になっています。

中津川駅の手前、岐阜県に入っての最初の駅、
坂下駅は特急で通過する際は
あっという間なのでこれまでちゃんと見てなかったのですが、
今回、停車中によく見ると、跨線橋の支柱が明治期の特徴的なデザイン。
戸出駅、牟礼駅、半田駅と、今まで私が見たのは3駅だけのレアもの。
次に中央西線を通るときはこの駅も途中下車せねば。

中津川駅で9分の乗り換えなので駅前で一服。
名古屋行きの快速に乗って、次の美乃坂本駅でも下車。
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反対側に停まっていたのは中津川行きの313系8000番台。
次はこれが折り返してきて乗車することになります。

JR東海や他の鉄道会社の駅は
岐阜県内で「みの」を冠する場合には「美濃」で、
「美乃」と表記するのはここだけです。
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これは、駅が開業された大正時代、
地元住民が画数の多い「濃」を避け
「乃」を使っていたのにならったとのこと。

駅舎はその開業の大正6年からのもので100年を超えています。
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車寄せの柱部分の基礎はホンモノの石材ですが、
壁の下回りの部分は触って見るとベコベコでニセモノ。

改札口の大きな引き戸や、
通路の上屋部分に「大正生まれ」の古さを感じます。
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日本海側からの寒風の影響で
夜のうちに東濃盆地にも雪が結構降ったらしく、
このエリアとしては珍しくうっすらと雪が残ってました。
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美乃坂本駅はリニア計画の中で
岐阜県内に設置される駅および車両基地の候補になっている場所。
現在、2027年開業予定が暗礁に乗り上げている中、
この周辺の工事が本格化するのはまだ先のことでしょうが、
リニア開通時にはこのあたりの風景も一変していることでしょう。

そうなったときに、現在は廃墟のまま放置されている駅近くの、
旧「中津川グランドホテル」の建物も解体することになるんでしょうね。
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私が20代の頃は看板が掲げて営業してましたが、
いつしか廃業となってしまい、そこからずっと放置されたままです。
中央西線に乗り続けて37年、
その間に車窓の風景もどんどん様変わりしていきます。
(もちろん変わらないままの景色も結構多い)

約15分の滞在で、次の快速が到着。
それにとって太多線との乗り換え駅、多治見駅を目指します。
313系8000番台、実は初乗車です。

全部で18両しかない結構レアな車両については次の記事で。

スミン:新しいプロフィール写真撮影・・どこに出すの?

SONAMOO:Green Moon Rising !
02 /10 2021
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写真そのものの出来栄えは素晴らしい


TSエンタを離れ、国防TVの番組でのMCだけは細々と続けているスミン
それ以外の芸能活動がここ一年程ほぼなくて、
このまま芸能界からフェードアウトしてしまいそうな雰囲気なのが心配。
そんなスミンさんですが、韓国の芸能人のプロフィール写真を多く手掛けている、
プロカメラマン、チャ・ユンミンさんのスタジオで新しいプロフィール写真を撮影。

スミンの均整のとれた美しさが引き立つ仕上がりです。
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スミンのyoutubeチャンネルでは撮影ビハインドも

相変わらず閲覧数がトホホな状態


スリムビューティーとはスミンのようなスタイルを言うんだろうな。
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こうした撮影が出来ると言うことは、
国防TV出演の収入で何とかなっているということだろうから、
そこについては一安心。
新たな事務所に所属しているという情報は全然入ってこないけど、
スミンの芸能活動をサポートしてくれる芸能事務所は現れてくれないものか。

デビューから5年が過ぎ、気が付けばスミンもアラサーの仲間入り。
ここからで次につながる何かを掴まないと、このまま終わってしまいそう。
長く練習生として苦労して、ソナムでの活動が実質4年では報われなさすぎです。


三岐鉄道全線乗車の旅⑨ 旅の最後はJR富田駅

足まかせ旅日記
02 /09 2021
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かっては立派な「駅庭」だったんだろうな

近鉄富田駅から旧東海道の古い町並みを横切って、
5分ちょい歩いてJR富田駅に到着。
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今や無人駅ですが、立派な屋根をもつ古い駅舎です。
この屋根は富田の烏出神社の神輿「鯨船」の形を模したものになっているそうです。

関西線、紀勢線にたくさん急行が運行されていた時は停車駅でしたが、
今や快速「みえ」も通過してしまう駅です(区間快速は停車)
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関西鉄道の駅として明治27年に開業。
駅舎自体は開業時からのものではないと思いますが、
少なくとも戦前からの古い駅舎であることは間違いない。

かっての賑わいが嘘のようにガランとした駅舎内。
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駅舎の横にはかっては池を配した庭園があったようですが、
池の石組みと石塔だけが打ち捨てられるように残されています。
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上屋の妻面の板が駅の建造物の古さを示しています。
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JRの二面3線のホームの向こうに三岐線のホームと貨物ヤードがあります。
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東藤原駅からセメントなどを運んできた貨物列車は、
ここで機関車を付け替えて関西線を経て四日市港まで乗り入れます。
(一部、衣浦臨港鉄道の碧南市駅への便があります)

四日市港に至る貨物線といえば、
日本で唯一の現役鉄道架道橋、末広橋梁がある。
こちらについても次の「三重旅」の時に必ず見に行きたい。

三岐線のホームは現在は旅客用には使われておらず、
跨線橋の階段は残っていますが関係者以外立ち入り出来ません。
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いい感じに古びていて、
かっての屋代駅の長電屋代線ホームの跨線橋みたいな感じ。

富田駅から各駅停車に乗って、
名古屋駅での「しなの」の乗り換えは僅かな時間。
ホームの駅弁売り場は閉まって、
コンビニの棚にあった数種類の中から、
私の好物「天下とり弁当」の松浦商店の弁当をチョイス。
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半熟卵と味噌カツの取り合わせはグッドでしたが、
おかずの種類が貧弱でちょっと悲しかった。
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次回からは東濃・西濃未乗区間の旅。
名鉄広見線と養老鉄道乗車記となります。

三岐鉄道全線乗車の旅⑧ 暁学園前駅 ホームの長さ=ほぼベンチ

足まかせ旅日記
02 /08 2021
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こう見ると駅舎ではなく、これが校舎の一部にも見える


一駅戻って暁学園前駅
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時間的にはそろそろ夕暮れ時
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一面一線のシンプルな駅ですが、
駅名の通り学生の利用が多いのでホーム幅が広い。
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他の駅ではあまり見られない、この駅の特徴が、
改札口周辺以外のホーム背面全部がベンチになっていること。
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そしてホーム最前列まで覆う大きな上屋
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駅自体は路線開業時からあって、昭和40年まで(かよう)駅と名乗っていましたが、
萱生城跡に敷地に暁学園本部が移転して現在の名前に。
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現在の駅舎は昭和63年から使われているもので、
2階には店舗スペースがありますが現在は空き家のようです。
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隣にはあかつきプラザビルがあって
1階には郵便局と駄菓子屋さんが入っています。
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短い滞在時間で近鉄富田行き到着。
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平津駅を過ぎ、大矢知駅の先で築堤の上を走り、
関西線の跨いで、かって三岐朝明駅があった信号所で、
本来はこちらが本線だったJR富田駅へ向かう線路と分岐
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ここから先は昭和45年に開通した近鉄連絡線で、
もう一度関西線を跨いで近鉄名古屋線と並行して終点、近鉄富田駅へ。
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3番線に間借りするように入線してますが、共同使用駅です。

もとからある東口駅舎は近鉄の管理
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次回はこの旅記事の最終回。
現在は三岐線からは貨物列車だけが乗り入れるJR富田駅です。


三岐鉄道全線乗車の旅⑦車内放送の響きがかっこいい平津駅

足まかせ旅日記
02 /07 2021
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丹生川駅とほぼ同じ眺め

近鉄富田駅の2つ手前。
再び四日市市エリアに入ってきて平津駅で下車。
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この踏切の一つ先の踏切が三岐鉄道で
僅かに残っている電鐘式の音っぽかったんだが確認は出来なかった。
(後で調べたら大矢知5号踏切といって間違いなく電鐘式でした)


平津駅、ローマ字で書けばHEIZU。
カタカナで正確に書けば「ヘイヅ」ですが、
車内放送では外国人の名前っぽい「ヘイズ」のように聞けます。
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他の開業時からある三岐線の駅舎との違いは、
駅入り口が緩やかな階段になっていること。
えと、駅前広場の樹木の枝ぶりが立派。
これは葉が茂っているときにまた見てみたい。

住宅地の中にある生活感のある駅舎です。
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他の駅よりも待合スペースも少し広め
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駅開業から今年で90年目なんですが長く大切に使われてきた印象を持ちます。
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平津駅で気になったのは構内踏切のホーム側にある小屋
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今は使われていないっぽいんですが、
信号やポイント操作のための部屋ではなさそうだし、
何に使っていたんだろう?

残り2回の乗車チャンスで、ようやく「赤電」がやってきました。
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平津駅で30分滞在して、近鉄富田駅に向かう予定でしたが、
暁学園前駅のホームが面白そうだったので、
一駅戻って寄り道です。
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その特徴は幅広のホームと壁面いっぱいの長ーいベンチ。

次回へ続きます。


三岐鉄道全線乗車の旅⑥ 丹生川駅と貨物鉄道博物館

足まかせ旅日記
02 /06 2021
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一日16本の貨物が行き交います

丹生川駅に向かう途中にも貨物列車との行き違い。
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ちょっとガキのころの思い出話。
住んでいた場所の最寄り駅が阪急茨木市駅で、
日常的に利用していたのは阪急電車でしたが、
たまに(吹田の親戚に行くとき)に国鉄を利用することがありました。
まだ「ぶどう色」の旧型国電が現役で、
113系快速にはグリーン車が連結されていたころです。
日頃見なれた阪急電車の風景と違って、
※当時の阪急もまだデイ100が現役など
今から思えば凄かったんですが

多種多彩な車両が行き交う光景は、
幼少の頃から「バリバリのテツ」だった私にとってはとても楽しいものでした。
もちろん長い編成の貨物も魅力的でしたが、
時折やってくる機関車(電気&ディーゼル)の単機回送が面白く、
それが通過するたびに「あ!迷子や!」と声をあげていました。
この単機を迷子と言い表すのは、自分の記憶の中では、
その風景を指して親父が私にそのように言ったことがモトになっています。
茨木駅から吹田駅まで、その途中には阪急正雀工場、
吹田操車場、機関区もあり、10分程度の短い時間でしたが、
そんな車窓風景を食い入るように見ていたのも懐かしい思い出です。

丹生川駅も他の三岐線の駅と同じスタイル。
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待合室の寒風対策がないことがこれまでとの違い
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かっては貨物取扱もあり、この駅から石灰の発送も行われていたので、
ホームと駅舎の間などに、そのスペースが残されています。
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で、そんな敷地跡に作られたのが国内唯一の貨物車両専門の博物館
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2003年開館で100%ボランティアで運営されています。
三岐鉄道は敷地の提供をしてはいるけどそれ以外はノータッチ。
全国から貨車を運搬するだけでもかなりの手間がかかるのに、
これをボランティアで出来る熱意には頭が下がります。
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国鉄~東武と経た39号蒸気機関車は1898年イギリス製。

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その後ろの無蓋車は名古屋鉄道で使われていたもの。
こちらも1912年製と年季の入ったものです。

この博物館の展示の一つの目玉がこちら
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大型の変圧器などを輸送するための特別な貨車、国鉄シキ160形。
1955年製造で1997年まで現役だった車両で、
その特殊性から一両しか製造されていない希少種です。
(もちろん現在の変圧器輸送用のものも含め
大物車に分類される貨物車は全国で複数活躍中です)


このシキ160をはじめ、ここに保存されている、
いくつかの貨車が国立科学博物館により
重要科学技術史資料に指定されています。

不定期の臨時開館を除き、
建物の中の展示物を見れる開館日は、毎月第1日曜だけですが、
屋外展示の貨車群はいつでも観覧できるので、
三岐線にお立ち寄りの際は、是非丹生川駅で途中下車してみて下さい。

短い滞在時間で、再び近鉄富田方面に逆戻り。
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イエロー以前の1960年代の旧三岐色を車体に纏った101系
現在のところこの一編成のみがこの塗色になっています。

他に西武の赤電と、同じく西武のイエロー塗色の復刻もありますが、
イエロー復刻は保々駅の車庫でお休み中でしたが、
現在の三岐標準塗色との差があまりないという感じでした。

次はカタカナで書くと、
外国人の名前のようなヘイズ(平津)駅へと向かいます。
※正しくはヘイヅですけどね
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次回へ続く

パク・セワン:tvNドラマステージの一作に主演確定

パク・セワン(박세완):期待の新進女優
02 /05 2021
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いつのだ?


出演した映画「人生は美しい」がコロナ禍により
公開延期になっているパク・セワンさんですが、
今年一発目のドラマオファーとして、
3月のtvN単発ドラマ企画「ドラマステージ」の中の一作で主演を務めます。
ドラマタイトルは「ラッキー」で内容はファンタジックコメディ。
セワンさんは公務員試験浪人ヨンヒを演じます。
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これはドラマに関係ないインスタ画像ですが、
8年間の浪人という設定から推測するに、
この映像の感じに近い雰囲気になるかも?
年齢的にはようやくというか実年齢より上の役を演じることになりそうです。

キャリアを重ねていくなかで、
TVドラマではどの出演作も重要な役どころを演じることが多くなり、
その分だけ、年間での出演数は少なくなってきていますが、
映画も含め韓国の女優の中で
確かな地位を掴むための重要な一年になるかも知れません。
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それはそうとして、ネットフリックス配信の
シットコム出演のハナシはどうなった?
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三岐鉄道全線乗車の旅⑤「ほぼ」駅です。

足まかせ旅日記
02 /04 2021
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潔い切妻前面

西藤原駅から乗ってきた電車の折り返しで、近鉄富田方面へ。
藤原岳から採掘された石灰岩からセメントを作る太平洋セメントの大工場は、
西野尻駅と東藤原駅の間にあり、
セメントを専用貨車に積み込む貨物列車は頻繁に出入りしています。
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この貨物輸送の拠点であるため、東藤原駅は乗降客は少ないものの、
貨物列車入れ替えの作業員の宿泊スペースを含む立派な駅舎を持っています。
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煉瓦造りの駅舎はレトロ風ですが、平成29年に新築されたもの。
タクシーの運転手が
「今日も東藤原駅を見に行くお客さんを乗せた」と言っていたので、
その瀟洒な造りが注目されているのかも知れません。
とはいえ、私にとっては「新しい駅舎」なので途中下車の対象外。
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もし途中下車するなら、この駅では駅舎よりも貨物列車の出入りを眺めていたい。

車窓右手には藤原岳から続く鈴鹿山脈の山並みが見え、
それが少しずつ遠のき平野が広がっていきます。
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三岐線は全線が単線ですが、運行本数がそこそこ多いのと、
貨物列車の往来が盛んなため、上下線の行き違いも頻繁にあります。
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旧三岐鉄道カラーに塗り直されたこの編成は、
現存する西武鉄道出身の車両で最古参となる昭和39年製。

いなべ市エリアから四日市市エリアに入って保々駅で途中下車。
この駅は三岐線の車両区がある運行上の中枢駅。
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車庫と反対側に停まっていた電気機関車も次の牽引のためか、
単体(重連)で西藤原方面に去っていきました。
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近鉄富田方面への始発列車も設定されていて、
それ以外にも入出庫のため、
この駅で同一方向での乗り換えも行わわれています。

停留している「西藤原行き」がそれ。
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保々駅始発の西藤原行きは設定されていないので不思議に思っていたのですが、
これが西藤原方面に一旦進んでいって、ポイントを渡ってホームへ入線。
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続いて同じ「西藤原行き」の列車が近鉄富田駅から到着しますが、
この列車の運行はここまで。西武赤電復刻・・乗りたかったのに。
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この先まで乗車するお客さんは全員隣の列車に乗り換えることになります。
※以前、阪急京都線の各駅停車も正雀駅でこれやってた記憶がある。

駅舎の方は、伊勢治田駅同様にホームと駅舎の距離が少しあるスタイル。
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切妻の三角屋根が平屋の上の「ドン」と乗っかっているような外観です。
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昭和6年の開業以来の駅舎に手を加えながら使っているという感じですが、
ところどころに開業時からの木造駅舎の雰囲気が残っています。
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待合室が仕切られていて寒さをしのげるのも伊勢治田駅と同じ。
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それにしても「保々」という地名が興味深い。
「ほぼ」町の「ほぼ」駅・・「どないやねん!」と大阪人的に突っ込みたくなります。

「保」というのは律令体制での行政単位で、
里よりもさらに小さい区画として用いられたもの。
中世になると別名とともに国衙領の私的占有である所領を指す言葉になり、
それが地名や名字に転化するようになっていきました。
かってこのあたりは伊勢国朝明群保々御厨と呼ばれ、
「保々」という名字の発祥の地の一つのようです。
(明治になってから4村が合併し三重郡保々村となる)
なお、職業でない「保母」という名字も「保々」が由来だそうです。
ちなみに保々姓は全国的にも多くない名字ですが、
その発祥の(ひとつ)三重県では現在はほとんどいないようです。

保々駅からは再び西藤原方面に戻り、
国内で唯一の貨物鉄道博物館がある壬生川駅に向かいます。
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閉館日でしたけどね(悲)

次回へ続く

三岐鉄道全線乗車の旅④ 三岐線、伊勢治田駅から終点、西藤原駅へ。

足まかせ旅日記
02 /04 2021
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西藤原駅に留置されている「お宝」たち

伊勢治田駅は貨物輸送が盛んな三岐線らしく、
貨物ヤードが多くある広大なスペースを有する駅。
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駅に着いた途端に富田方面に貨物列車が通過していきました。
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電気機関車を数多く保有する三岐鉄道の中でも最大勢力のED45形
貨物輸送の際には基本重連で運行されます。
先頭のED456は昭和28年製、
後ろのED455は昭和32年製で富山地方鉄道からの移籍車両。

駅舎も恐らく昭和6年開業時からそのままのもの。
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シンプルな外観ですが、内装は年季の入った渋い雰囲気
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三岐線の開業時から残る駅舎は
どれも駅務室や宿直室のスペースが大きめにとられています。

ホームから駅舎に続くスロープの距離が長いのも特徴です。
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遠くに見える藤原岳は石灰岩採掘のため斜面が削れていて、
そこに雪が積もることで独特の風景を作っています。

三岐線は日中はだいたい40分に1本の割合で運行されていて、
駅で少し時間を過ごしているうちに西藤原行きが到着。
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三岐線の旅客車両はすべて元西武の車両。
現在8編成が在籍していますが、
最初にやってきたのは最も新しい移籍車、現751系

行き違いでやってきた近鉄富田行きは、3編成ある801系
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「赤電」時代の西武701系塗装リバイバル車両。
歴代の西武の車両の中では、このデザインが一番好きだな。
この後こちらにも乗車することになります。

伊勢治田駅から貨物輸送の拠点駅、東藤原駅、
さらに西野尻駅を経て、10分ほどで終点、西藤原駅に到着。
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藤原岳が目の前に迫ってきていて、この駅が登山口となっています。
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2002年完成の新駅舎はSLを模したもの
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「2台」並べられているユニークな造りです。

駅舎がこのような恰好になったのは、
前年に駅前広場に作られた
ミニチュア鉄道「ウィステリア鉄道」に因んだものと思われます。
現在は有志の手によって「桑工ゆめ鉄道」として運営されています。
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また、三岐鉄道開業時に新造された
国産蒸気機関車も生体保存されています。

そして、1984年まで現役だったED22も並べて保存されています。
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こちらは国内に3両輸入されたアメリカのボールドウィン社と
ウェスティングハウス社の合作車両で1927年前後に製造。
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もともとは大糸線の前身である信濃鉄道が輸入したもので、
その後、大糸線国有化とともに国鉄所有となり、
昭和31年に三岐鉄道に移籍しました。
同系機の一つが西武→近江鉄道→一畑電鉄と経て、
現在は弘南鉄道大鰐線でラッセル車の牽引機として現役です。
残りの一両は岳南鉄道→西武→松本電鉄と経て平成17年に引退。
現在は上高地線新村駅車庫に保存されています。
戦前の輸入電気機関車で同系車両全てが現存しているというのも珍しいかも。

次回からは三岐線の駅巡り。
まずは「ほぼ」町の「ほぼ」駅を訪れます。
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「ほぼ」地域案内図、「ほぼ」歴史を語る会・・なんかいいなぁ。

三岐鉄道全線乗車の旅③北勢線完乗・・国内ナローゲージ完全制覇

足まかせ旅日記
02 /03 2021
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保存車両は当然古いけど、現役車両もかなり古い

西桑名からやってきたのは、三重交通時代の塗装復刻のK77編成
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車両自体も三重交通時代のもので、
現在は標準軌化されている近鉄湯の山線が、
まだナローゲージだった昭和34年に連接台車の3両編成として投入されたもの。
現在は4両編成で阿下喜方に平成2年製造のモ277を増結しています。
もともと垂直カルダン駆動の主電動機を載せていた西桑名方先頭の202番は、
新造から12年後に不具合により制御車扱いとなり、一時期は運転台も撤去され、
電動車に牽引されていましたが、後に現在の編成となり運転台が復活。
モ277は吊り掛け駆動(現時点で路面電車を除いて国内最後の吊り掛け駆動新造車)で、
かってカルダン駆動車だった車両をそれより旧式モーターの
吊り掛け駆動車が牽引するというユニークな形態で走り続けています。

先頭のモ277との車長が違い過ぎていて面白い。
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モ277の車内は路線バスのような一列の進行方向に向いたシート
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向き合ってないのでクロスシートとは言えない。
なお編成の残り3両はロングシートとなっています。

楚原から先は員弁川の段丘上を走るような感じで、
途中、麻生田(おうだ)駅を挟んで、14分で終点の阿下喜駅に到着。
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阿下喜駅まで来ると鈴鹿山脈北側の山並みがすぐ目の前に。

これにて北勢線完乗。
四日市あすなろう鉄道、黒部峡谷鉄道を含め、
国内の現存するナローゲージ路線、全部乗ったことになります。
※昔のように全国いたるところに軽便鉄道が走っていた時代だと絶対ムリだったろうなぁ。
でも、私が20代前後の頃に残っていた下津井電鉄と尾小屋鉄道は乗っておきたかった


一面2線のシンプルなホームですが、
隣には近鉄時代の塗色のモニ226形が復元保存されています。
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三重交通に統合される前、北勢鉄道が電化された昭和6年製の車両で、
内部・八王子線に転籍して1983年まで現役でした。
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引退後は四日市スポーツランドに静態保存さらた後に、
阿下喜駅に移送され、市民団体により補修・復元が行われ、
軽便電車博物館として現役時代の姿で保存されています。
(北勢線では同形式が1992年まで現役でしたが全て廃車・解体)
なお、200形を長らく牽引していたのもこの形式の車両でした。

この軽便鉄道博物館にはかって阿下喜駅構内で使われていた
転車台も移転保存されています。
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ナローゲージだけに転車台もミニサイズだったんですね。

阿下喜駅の駅舎は駅前広場整備と共に2006年に新築されたもの
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駅前広場はロータリーも広く立派なものですが、
人通りはとても少なく閑散としていました。
すぐ隣にあるセブンイレブンの方が人と車の出入りがはるかに多い。

阿下喜駅から員弁川を渡って
2キロほど行ったところに三岐線の伊勢治田(はった)駅があり、
平日だとコミュニティバスも運行されているんですが休日は運休。
当初は歩いて移動するつもりだったんですが、
先ほどの「橋梁見学」の往復で結構歩いたのと、
この辺は「鈴鹿おろし」の風が強くて結構寒いといことで、
あんまり歩きたくない気分。
また、楚原駅で予定より一時間多く費やしているので、
当初計画に少しでも戻すためにタクシーを利用。
(近鉄タクシーすぐ来てくれました)

伊勢治田駅に着いた時に、西藤原行きが出発した直後で、
元の予定に戻すことは出来ませんでしたが、遅れを30分に縮めることは出来ました。

次回からは三岐線初乗る記。
旅客列車に交じってセメント輸送の貨物列車バンバンやってくる、
全国でも数少なくなった「貨物牽引の電気機関車が健在」の路線です。
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三岐鉄道全線乗車の旅②寒空の中「めがね橋&ねじり橋」で約一時間滞在

足まかせ旅日記
02 /03 2021
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電車の右下にチラリと見えているのが「ねじり橋」


楚原駅を出てしばらく進むと、桑名を起点にして関が原に至る濃州街道(員弁街道)の
古い家屋がそこそこ残る街並みが続きます。
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この交差点を曲がると濃州街道

途中でお菓子の自販機発見
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小学校の角で街道から離れ、小高い丘になっていいるところで北勢線の線路を跨ぎ、
その先で線路の高さまで降りると目の前に田畑が広がります。
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ここまで楚原駅から歩いて約20分、1kmちょいの道のりです。
北勢線が走る築堤の先にあるのが三連の「めがね橋」
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そして手前にあるのが幅の狭い水路にかかる「ねじり橋」です。
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水路に対し斜めに線路が走っているため、
「ねじりまんぽ」の工法がとられています・・だから「ねじり橋」
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「ねじりまんぽ」は煉瓦を積み上げて作られたものが殆どで、
ここのようにコンクリートブロックで作られたものはかなりレアとのこと。

そして「めがね橋」についてもコンクリートブロックであることが珍しいらしい。
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確かにイメージ的には煉瓦積みか石材積みであるほうが強い。
「ねじり橋」「めがね橋」のどちらも土木学会選奨土木遺産となっています。

橋の写真を撮って、また楚原駅に戻り次の阿下喜行きに乗るというのが
当初のプランだったのですが、ここまで来たならやはり電車の通過シーンを撮りたい。
ただ、楚原から先は一時間に1本だけの運行で、
上下線の行き違いも楚原駅で行われるため、
次の桑名行きの撮影して楚原駅に戻っても阿下喜行きには間に合わない。
ですんで、まず上下線の通過待ちで約50分、
楚原駅に戻ってからも次の阿下喜行きまで30分ちょいの待ち時間となります。

桑名行きは動画で撮影。


鳥居のところの大きなカーブにある踏切は
少し前までは電鐘式だったように記憶しているんだが、
電子音式に切り替わってました。
でも、ナローゲージの小柄な車体が
モーター音唸らせて走り去って行くのは心躍る光景です。

本来乗る予定だった阿下喜行きは撮影。
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上下線とも2つの橋両方写るように撮りたかったので、
同じようなアングルになってしまったのは反省。
「めがね橋」の方は写真についてはもっと近づいて撮っても良かった。

阿下喜行きを見送った後は再び歩いて一旦楚原駅に戻り、楚原駅始発の桑名行きを撮影。
(楚原止まりがせめて次の麻生田駅まで行ってくれていれば撮影チャンスが倍になるのに)
で、駅から少し離れた位置にある国道421号線沿いのローソンで昼食用にパンを購入し、
次の阿下喜行き到着の少し前に駅に戻る。
ここから先は予定より一時間遅れの行動となりましたが、
何故か最終的には計画通りの時間に収めることができました。

次回に続く。

gotama

K-POPグループSECRET(シクリ)、SONAMOO(ソナム)の動向、オリックス・バファローズの応援を中心に、色んな趣味、雑学などを日々徒然に書き込んでいきます。原則毎日更新です。
2017年2月1日より自営業者になりました。