一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)(21) 甘木鉄道完乗し、博多からは「ソニック」で小倉へ

足まかせ旅日記
11 /30 2020
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「第3セクターの優等生」と呼ばれています。


西鉄甘木駅から徒歩5分もかからないところにあるのが、
甘木鉄道の甘木駅。
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昭和14年に国鉄甘木線として開業した時からの駅舎です。

駅前ロータリーは広々としており、
駅舎もしっかりした作りの車寄せがあり、
改札口の部分は2階までの吹き抜けになっている、
街の中心駅、終着駅としての風格を備えたもの。
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甘木は、福岡藩の支藩秋月藩の城下町として栄えた町で、
平成の大合併で近隣の朝倉町、杷木町との対等合併で朝倉市となりました。
元からある市の名前を冠さなかったのは、
この一帯の郡名である朝倉を名乗る方が「対等さ」が出るという配慮なんでしょうね。

朝倉は「邪馬台国九州説」における
所在地の一つであることをアピールしている町です。
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駅前には「日本発祥の地 卑弥呼の里 あまぎ」と謳う石碑がたっています。
「日本発祥の地」とは大きくでたもんです。

朝倉市のPRキャラももちろん「ひみこちゃん」
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駅舎内の地場産の土産物の中には、
何と「親魏倭王」のレプリカ金印まで販売していました。
そりゃソレが出土されれば、所在地確定ですけど・・・

ホーム側から見る駅舎は風格と言う意味ではイマイチ
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でも留置線がある構内踏切を通るのはイイ感じ。
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国鉄甘木線は帝国陸軍の大刀洗飛行場への
輸送手段の確保を主目的として開業しているので、
昭和14年という大陸での戦局が
長期化している最中にいわば国策的に作られた路線。
(まぁ国鉄ですから当然なんですが)
戦後も太刀洗飛行場跡にキリンビールの工場が建てられ、
その輸送を担っていましたが、
1日僅か7往復で、それも通勤時に集中していて
日中は運行しないダイヤで利用が低迷。
国鉄の第一次地方交通線として廃止が議論されました。
その後、昭和59年に貨物営業が廃止され、
昭和61年に第3セクター甘木鉄道に生まれかわりました。
3セク化後は列車本数を大幅に増便し、利便性を向上させたことから、
福岡市方面への通勤路線としての機能も果たしています。
久留米市方面への通勤は西鉄甘木線が担い、
「棲み分け」が上手くできているのも経営が安定している要因でしょう。
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車両は塗装は違えど、1両を除き全てAR300形
第3セクターの標準設計車両とでも言うべきスタイルです。
初期の3両は富士重工、残りの4両は
富士重工の事業撤退に伴う技術移譲により新潟トランシスが製造しています。
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全国の第3セクターに乗る機会も多くなってきていて、
どこも「そこそこ同じ」外見や内装で安心感があるも、少しつまらなくはある。

太刀洗駅は太刀洗飛行場の最寄り駅として賑わっただけに、
開業時からの立派な駅舎が保存されており、ホーム上屋も残っています。
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時間があったから、ここで途中下車しても良かったな。

なお、太刀洗という地名は、宮の陣駅で紹介した「筑後川の戦い」の後、
勝利した南朝方の武将、菊池武光が、
刀について血糊を川で洗ったことが所以となっています。
ちなみに町の名前は「大」刀洗となっています。
太刀洗飛行場と言えば、プロ野球黎明期の名選手、
青田昇氏が、戦前のプロ野球生活を一旦中断し、
自ら志願して航空兵として訓練を受けた場所でもあります。

甘木鉄道は田園風景が広がる筑後平野をのんびり走り、
やがて、西鉄大牟田線の小郡駅をオーバークロス。
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小郡のあたりでは大分道と並行して高架線を走り、
立野駅では九州自動車道の下をくぐり、
基山駅の手前で国道3号を高架線で跨いで鹿児島本線と合流します。

26分の乗車で終点の基山駅に到着。
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鳥栖と同様に「佐賀県が福岡県に食い込んでいるエリア」で、
ここは佐賀県基山町です。

白村江の敗戦の後に、唐・新羅の襲来に備えて作られた
朝鮮式山城、基肄城(きいのき)の城跡が町内、基山の頂上部にあり、
そうした古代ロマン的なノリで「キングダム」とタイアップしているのかと思いきや、
作者の原泰久さんの出身地がこの基山町なんですね。
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「ピタットハウス」の支店は基山町にはないようで・・(小声)

再び特急がバンバン通過する鹿児島本線に戻ってきました。
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博多までは区間快速に乗車
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JR九州のオリジナル通勤型車両の嚆矢811系です。

登場時はセミクロスシートでしたが現在はオールロングシートに。
モケットが独特のもに改造されています。
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「博多織や小倉織などのような九州の伝統的な織物」をイメージしたということですが、
通勤用にまでここまでの拘りを示す水戸岡イズム恐るべしです。

次の停車駅、筑豊本線との接続駅原田(はるだ)駅は降りてみたい駅。
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駅舎は改築されていますが、ホームには古き時代の名残が伺えます。

二日市駅と大野城駅の間あたりで、
博多駅から回送される「SL鬼滅の刃」号とすれ違いましたが、
暗かったし、あっという間のことで写真に撮る余裕なかった。
(前日、「ゆふいんの森」で博多を出発した直後に、
「ななつ星」とすれ違いましたが、この時も写真撮れず)


博多駅に到着した時にはすでに真っ暗。
この日もまともにメシを食っておらず、
ホームにあった立ち食い「博多ラーメン」に直行。
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「空腹は最高の調味料」とも言いますが、
それは関係ナシに、ちゃんとしか「博多とんこつラーメン」で実に美味かった。
思えば、博多4回目の訪問でようやくちゃんとした「博多ラーメン」食った気がします。

ここから、小倉までは9年ぶり2度目の883系「ソニック」乗車
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885系同様に車内の端々に水戸岡デザインの真髄を感じます。
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シートのマガジンラックの凝りように感心
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プラスチック製ですが、これが網と同じようにたわみをもたせた造りになっています。
そりゃ鉄道友の会のブルーリボン賞は当然として、
グッドデザイン賞もブルネル賞も受賞するわな。

そんなこんなで出発の地、小倉駅に戻ってきました。
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小倉駅のモノレールの発着は他の場所では見られないモノ。

駅ビルの3階部分に突っ込むというスタイルはテツココロをくすぐってやみません。
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なもんで夜間にも関わらず動画に録ってしまいました。


さて、最後はリニューアルし終えたばかりの門司港駅訪問
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次回、いよいよ最終回です。

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一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑳ 西鉄大牟田線・甘木線乗り潰し

足まかせ旅日記
11 /29 2020
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標準軌区間で一番古い5000形でも製造初年が昭和50年・・自分が年をとるわけだ。

3000系特急「水都」の天神寄り先頭は真っ赤なお顔
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2号車車端部にディスプレイキャビネットを設置し、
柳川藩主立花家縁の品のレプリカ展示と、水都柳川の物産展示。
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車内装飾で「柳川の四季」を演出していますが、
設備的には3000系そのまま。
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本格的な車内改装のものとしては、6000形を改造した
車内で食事を愉しむ「THE RAIL KITCHEN CHIKUGO」があって、
より観光列車の雰囲気を楽しみたければそちらでってことだな。

大牟田線は西鉄のメイン路線ですが、
久留米から南のエリアでは単線区間も多い。
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柳川で途中下車して市内観光しようとも思ったのですが、少し曇ってきたのと、
一時間程度では十分に見て回ることも出来ないと思い、今回はスルー。
9年前に天神駅まで乗り通した久留米駅で特急「水都」は下車。
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今はなき8000形時代に乗っておきたかった。

久留米駅で各駅停車に乗り換え宮の陣駅で甘木線に乗り換え。

西鉄の標準軌区間は古い駅舎がほとんど残っておらず、
駅訪問という意味では物足りない路線。
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中には古い待合室が残っている駅もあったけどね。

宮の陣駅は筑後川を渡る鉄橋がかかる築堤と同じ高さで作られた駅。
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下りホームが扇形になっていて甘木線がカーブで分岐しています。

甘木線ホームは上下線とも1本のホームを共有し、
全ての便が久留米方面に直通します。
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「宮の陣」という駅名は、南北朝騒乱期に南朝方の懐良親王が
1359年の「筑後川の戦い」でこのあたりに陣をはったことに由来しています。
ホームから見える2本の大きな樹木があるあたりが、
その懐良親王を祀った宮ノ陣神社です。
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甘木行きを待っている間に西鉄の最新鋭、
9000形が天神に向け通過していきました。
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今後、この形式が昭和生まれの5000形を淘汰していくことになります。

この通過の後、甘木行きが鉄橋を渡り本線から転線してホームへ。
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ホームがカーブの途中にあるので、当然のようにかなりの隙間が生じます。
天神方面からの急行の到着を待って、乗り換え客を乗せて出発。

甘木線は全線単線ですので、途中の駅に行き違い施設あり。
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「学校前」というシンプルな名前の駅は、
そこまで古くはないものの味のある駅舎。
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西鉄甘木線は大正2年に三井電気軌道により開業し、
大正13年に甘木~宮の陣が全通。
かっては大牟田線とは別に道路併用橋で筑後川を渡り、
福島線という軌道線に繋がって、
久留米市街を抜け国道3号線併用軌道上を八女市福島まで走っていました。
昭和17年に戦時統合で西日本鉄道の路線となり、
昭和23年に学校前~宮の陣が現在の路線となり大牟田線に接続、
宮の陣から先の区間は休止され福島線とは分断されました。
(福島線は昭和33年廃止)

西鉄の標準軌区間の中では古い車両が残っていた区間で、
平成元年まで九州鉄道時代の昭和12年製200形が走っていて、
乗り入れの関係で西鉄久留米駅でもその姿を見ることが出来ました。
私が初めて福岡に行ったのは昭和60年のことなので、
その時見に行っていたらギリ間に合っていたわけだ・・勿体ない。

甘木線は日中30分間隔の運行で、
約40分で17.9キロの路線を結びます。

甘木駅が大半の駅舎が淘汰・更新されてしまった西鉄の中で、
現存する最古の駅舎になっています(昭和23年築)
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木造駅舎としてはさほど古いとは言えませんが、
建造当時からあまり手を加えられた感じがしないのが良い。
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一部アルミサッシ化されてない木枠のままの窓もいいですね。

出口が二か所あって、終着駅らしい雰囲気もあります。
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西鉄はこれで太宰府線と狭軌の貝塚線を残すのみ。
次回の九州訪問では完全乗車を達成したい。

陽が少し傾いてきて、もうすぐ午後4時。
ここから少しだけ歩いて、今回最後の未乗区間訪問の甘木鉄道の甘木駅へ。
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一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑲ 「SL鬼滅の刃」・・ハイライトは一瞬

足まかせ旅日記
11 /28 2020
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蒸気機関車の「リアルさ」では東日本より九州

JR九州が鬼滅の刃の劇場版公開とタイアップして、
SLを運行させることを知ったのは、旅行プランをたてている最中。
九州滞在2日目のプランの中心にとは考えましたが、
乗車についてはとっくに完売していたのでムリ。
その姿を写真や動画におさめることしか出来なかったわけですが、
熊本、久留米、鳥栖、博多の各停車駅だとかなりの人混みが予想されるし、
そんな人混みに入るのは今の状況では避けたいのと、
そもそも、そうした人混みが嫌いなので、
途中駅での通過シーンを撮ろうと決めていました。

アシがないので駅のホームから撮るのは大前提として、
通過するところを全て撮るのではあれば、相対式ホームで、
SLが来るのとお反対側のホームと言うのが私が考えた条件。
最初に考えたのが熊本駅の少し先、田原坂駅で、
そのために朝一番の長崎発の「かもめ」に乗って、
新鳥栖で新幹線に乗り換えて熊本まで出てから、
午前9時前に駅で待ち構えようというプラン。
そして、その後の熊本電鉄の完乗と、柳川の水路めぐり、
西鉄甘木線乗車、小倉で宿泊とスケジュールを組みました。

しかし、大村駅を通り過ぎた時に、「ここは立ち寄らねばならぬ」と思い、
すでにブログに書いたように、大村駅と、
他にスケジュール的に訪問可能な3駅をまわり、
鳥栖駅と久留米駅の間にある
肥前旭駅で正午過ぎに通過するSL「鬼滅の刃」号を待つことに。
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上下線両方のホームと、駅周辺の見通しの良いところに、
SLを撮影しようと人が集まっていましたが、
危惧していたような人数でなく一安心。
(停車駅には3桁のレベルで人が集まったみたいだから、そっち行かなくて良かった)

それでも後ろから列車がけっこうなスピードで通過することもあるにも関わらず、
白線や点字ブロックの内側でカメラを構えたり、
ホームではマナー違反である三脚を立てたりと、
案の定というか、ルールを守ろうとしない鉄道ファンもいましたね。
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被写体が通過するときだけ点字ブロックの内側に入ったり、
三脚をセットするだけだからOK・・ではないんですよ。
駅を跨ぐ自由通路の上で上空のヘリコプターに罵声浴びせたり、
始終大声で喚き散らす輩もいましたが、
あーゆー人は周囲の目なんで気にしない人なんだろうからこれは仕方ないのかもね。
でも、鉄道ファンというよりは「鬼滅の刃」ファンらしき子供が、
その罵声に怯えていたのは見ていて気の毒だったな。
(この駅では特に揉め事はおきなかったで良かったですが)

SL人吉として使用されている8620形(愛称「ハチロク」)は、
大正11年製造で、劇場版で登場する「無限列車」を牽引する
SLのモデルとも言われています。
JR東日本で運行された「鬼滅の刃」号は高崎支社のデゴイチを使用していて、
こちらの方は劇場版のそれと比べればかなりゴツい。
JR九州は車両が似ているだけでなく、
劇場版と同じ「無限」のプレートを正面に掲げる徹底ぶり。

遠くから汽笛が聞こえてきて、ゆっくりとSL「鬼滅の刃」号が近づいてきました。
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「ゆっくり」と思っていたら、駅の通過はあっという間。
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写真で失敗したくないというのと、
走行音を録りたかったというのがあって、
最初から動画撮影でスタンバイしていました。


SLの魅力は吐き出す煙と汽笛、そして車輪の音。
それを思えば、人混み云々以前に停車している姿を撮るよりも、
こうして近づいてきて走り去っていく姿を見て、
撮影するというチョイスは正解だったのかも。
人混みがアングルに映り込むこともなかったしね。
(目の前にいたおばちゃんのガラケーが
入ってしまいましたが、それはしゃーない)


SLが去った後は、大牟田行きの各駅停車に乗車。
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北海道を除く全国のJRの本線系統は若いころにほぼ完乗しているんですが、
その中で鹿児島本線だけは鳥栖から南は、
九州新幹線が全通して時に八代から熊本の間を乗車以外は未乗車。
もちろん、肥薩おれんじ鉄道になった区間も含め、
鹿児島中央から八代も乗ったことありません。
今回ようやく、その未乗区間のうち鳥栖と大牟田の間を初乗車。
特に途中下車も考えずにのんびり乗っていたら、
大牟田に着く手前で、ある駅の存在を忘れていたことに気が付いた。
それは大牟田駅の一つ手前の銀水駅。
ここはこの区間では数少ない木造駅舎が残っている駅。
気づいた時には銀水駅を出発してしまったので、
大牟田駅ですぐに折り返す電車に乗車し、銀水駅で下車。
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ホーム側から見ると、何の飾り気もない素気なさ・・でもそれが渋い。

大正15年の開業時からの木造駅舎・・のようです。
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駅舎の外壁はリフォームされているっぽいですが、
庇の支柱や梁は古いままのような感じもします。

切符販売は自販機ですが簡易委託駅で駅務室は現役。
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窓口の留め金具は時代モノっぽい。

待合室はガランとしています。
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ホーム側の外壁が板と漆喰(かな?)で構成されているのに対し、
入り口側は全面板貼り・・・これが銀水駅の魅力
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デザイン的な奇抜さやハイセンスな雰囲気はありませんが、
武骨な姿で100年近く利用客を見守り続けた寡黙な強さを感じさせる駅舎です。
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後先考えず折り返してはみたものの、
次の大牟田方面がやってくるのは約一時間後。
さすがにそれを待つわけにもいかず、
ここから少し歩いて踏切を渡ったところにある西鉄の銀水駅へ移動。
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JR銀水駅との間にある県立の伝統校、三池高校の生徒が利用する駅です。

こちらの方なら30分の1本は各駅停車来るので、
JRよりは早く大牟田駅に出られるだろうと思ったら、
ホームに上がった途端にすぐ来た。
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この西鉄カラー、子供の頃から大好き。

大牟田駅は福岡県最南端の主要駅で、
かっては三池炭鉱を有した国内屈指の「石炭の街」でした。
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ホームにもそんな名残を示すでっかい石炭の塊が展示されています。

駅本屋は昭和31年建設の4代目
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こちらはリニューアルされて綺麗になっていますが、
跨線橋やホーム上屋は古めかしいまま。
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ホーム上屋を支える廃レールには八幡製鉄所製造のものもあるそうです。

大牟田駅で驚いたのが赤レンガのランプ小屋が「現役」だったこと。
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国の登録有形文化財に指定されている、
他の駅と同様に歴史的建造物のハズなんですが、
特にそれらしき表記も掲示もなく、当たり前のようにそこにありました。

三池炭鉱の栄華を今に示すのは、大牟田市の市庁舎。
1936年竣工の2代目庁舎で国の登録有形文化財に指定されています。
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県庁所在地でもない市役所の建物でこれだけ立派なものも珍しい。
昨年老朽化に伴う解体&建て替えが大牟田市で議論されましたが、
保存を望む声が多く、現時点では解体は白紙撤回されたようです。

かっての炭鉱の街も今や人口が減少し、
これだけ立派な建物を耐震補強など行いながら維持するのは、
財政的な負担も大きいだろうなとは思いますが、
何とか今の姿を後世に残して欲しいものです。
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JR大牟田駅は駅の両側に改札口がありますが、
西鉄大牟田駅の改札は西口のみ。
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駅前広場にはかって大牟田市内線で使われていた200系が保存されています。
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路面電車の路線を有していた大手私鉄と言えば、
西鉄の他に東武や名鉄、そして阪神などがありましたが、
福岡、北九州、大牟田と
3つの連続しないエリアに路線網を広げていたのは西鉄だけです。

中にも入れるんだけど、往時の車内の雰囲気を
ちゃんと残しておいて欲しかったな。
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西鉄大牟田駅は3面3線のホーム構造。
次に乗るのは3000系特急「水都」仕様
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「旅人」ともに一編成ずつしかないので、運が良かった。

次回、西鉄の未乗区間、大牟田~久留米と、
宮の陣~甘木に乗車。
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一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑱ 佐世保線、北方駅と、何故か肥前山口駅にいた「或る列車」

足まかせ旅日記
11 /27 2020
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改造車バージョンでは究極の水戸岡作品かも

肥前浜駅から佐世保線との分岐駅、肥前山口駅で途中下車。
前日に少し待ち時間があったときに、
駅のすぐそばにあった建物が気になったので、改札を出てパチリ。
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いわゆる「看板建築」というやつで、小窓のデザインがオシャレ。

肥前山口駅は重要な交通拠点なだけにホーム上屋も大きく貫禄があります。
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佐世保方面、長崎方面に行き交う特急も多い。
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ここは長崎本線が暫定開業しても、「リレーかもめ」と
肥前鹿島駅まで乗り入れる在来線特急は残ることになります。

そんな肥前鹿島駅の側線に留置されていたのが、
金色のD&S列車「或る列車」
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明治時代の九州鉄道がアメリカから輸入した豪華客車と、
日本の鉄道模型趣味の神様的存在、原信太郎氏の模型をモチーフに、
キハ40を改造して車内でスイーツを味わいながら鉄道旅を楽しむ列車を生み出しました。

水戸岡デザインには珍しくレタリングによる装飾は控えめ。
まぁ、これだけ金色に輝く外装だとレタリング装飾が多いと、
見た目に相当「うるさい」車両になるそうですね。
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改装費は2両で約6億円と、
かの豪華列車「ななつ星」とそんなに変わらないそうです。
・・・それはスゴイな。
ちなみに、JR九州や旅行代理店のパッケージツアーでの販売のみの運行なので、
乗車するためには事前申し込みが必要。
この日、肥前山口駅に停まっていたのは、
博多⇒唐津の日帰りツアーでの運用の後の回送のようですね。

特急列車やD&S列車以上に、
肥前山口駅にやってきた列車で目に留まったのはこちら。
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国鉄時代製造の近郊型交直流電車415系。
JR九州以外ではJR西日本の七尾線と、
IRいしかわ鉄道に僅かに残っているだけ。
ただしJR九州ではステンレス車の1500番台以外にも、
大分車両センターを中心にまだ結構残っています。
ただし、長崎本線に充当される
南福岡車両センターには1500番台しか配置されていないので、
鋼製車を肥前山口駅で見られるのは結構レアです。

肥前山口駅から佐世保線に乗り換えて2つ先の北方駅で駅舎訪問。
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嵩上げしたホームと古い駅舎の間に段差があります。
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ホーム側も屋根の下に同じ長さで庇があるのが特徴的。

跨線橋が露天なので上から良いアングルで写真が撮れる。
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明治28年九州鉄道の駅として開業した当時の駅舎に
改築を加えて現在に至っています。
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駅入り口側の庇も長い
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現在は無人駅になっていて、待合室はガランとしています。
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改札口のところに引き戸が残っているのも珍しい。

北方駅からは鳥栖行きの各駅停車に乗って、終点まで乗り通し。
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それにしても線路脇やホームの雑草の生い茂り方が凄い。

鳥栖駅では前日出会えなかったキハ185系特急「ゆふ」と遭遇。
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デザインはJR九州っぽくなっていますが、
国鉄時代に四国エリアの非電化区間の特急として製造されたもの。
JR化後に一部車両がJR九州に譲渡され、
両社で現在も数少ない国鉄時代の特急車両として頑張っています。

「ゆふ」を見送ったら、博多方面からすぐ佐世保行き「みどり」がやってくる。
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鳥栖駅も鉄道写真撮るには楽しみが多い駅です。
で、時刻は正午過ぎ。
鳥栖駅1・2番ホームは結構な人混みで、
「鬼滅の刃」タイアップSL「無限列車」のアナウンスを行っていました。
鳥栖駅でこの列車を撮影しようとする人が集まって来ていて、
指定券がないと乗車出来ないことや撮影マナーについて注意喚起していました。

少し時間があったので駅構内のパン屋さんで軽く昼食。
私もこの鳥栖駅がSL「無限列車」を待つかというとそうではなく、
人混みに混じるのは嫌なので停車駅でない駅で「通過待ち」することに。
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鳥栖駅と久留米駅の間にある肥前旭駅の反対ホームで待ち構えました。

次回、そのSL「無限列車」の撮影と、大牟田駅まで鹿児島本線未乗区間初乗車です。
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全て動画からのキャプチャになります。


一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑰ 長崎本線、肥前鹿島駅&肥前浜駅

足まかせ旅日記
11 /26 2020
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復元駅舎ですが、周りの風景にもマッチしています。


長崎本線を海沿いに進むと、有明海越しの島原半島に雲仙普賢岳が見えます。
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ただ、この日はモヤがかかっていって
「くっきり」とまではいかなかった。逆光だったし。

再び佐賀県に入って有明海沿いに北上
肥前大浦駅と多良駅の間では
入り江をぐるりと線路が回り込む姿をずっと眺めることが出来ます。
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海岸線のカーブが多い区間ですが、
振り子式の885系ならば高速で駆け抜けることができるので、
長崎新幹線部分開業後のこの区間から特急の姿が激減してしまうのは勿体ない。
武雄温泉駅から先、ほとんどトンネルの中で、海も見えないまま長崎に着くのと、
トンネルも少なく、ずっと有明海を眺めながら旅情を高めることが出来る違い。
その違いが(リレー方式で)10分程度の時間短縮と交換可能なものかどうか、
鉄道ファンとしては甚だ疑問です。

ちなみに787系「かもめ」はカーテン閉めなきゃ圧迫感は少なかった
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有明海の干拓地が広がるエリアで海岸線から離れ、鹿島市の中心駅肥前鹿島駅に到着。
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築堤の上にある島式ホームで、駅舎は地下道をくぐったところにあります。

24往復の特急「かもめ」が全て停車する駅で、
各駅停車がやや多いもののほぼ同数です。
それだけに新幹線開業の実害を一番被るのがこの駅と鹿島市。
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駅舎には観光物産センターも設け、市の観光振興の努力もしていますが、
それも特急の本数が大幅に減ってしまっては厳しくならざる得ない。
それにしても欄干の細工がえらい凝ってる。

駅舎は駅前広場からの外観では古びた感じはない
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しかし、建て増し以前からある駅務室は木造で違った趣き。
その姿はホームからはっきり見える。
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平屋の端っこに2階建ての駅務室をくっつけた感じが独特です。

改札口周辺を見ると、駅務室の古さがよくわかる。
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ホームまで地下道が出来るまでは構内踏切があったのか、
駅舎からホームにつながる石の階段が残っています。
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もしかしたら最初から駅員専用のものかも知れませんね。

肥前鹿島駅から一駅戻って肥前浜駅へ。
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僅か3分で到着
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駅名が示す通り海が近いですが干拓が進む前は目の前が浜だったのかも?
駅の近くには多良海道の宿場町があって、
浜川を挟んで2か所の街並みが国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
そうした街並みの雰囲気にあわせということか、
2018年に開業時(昭和5年)の姿に駅舎が復元されました。
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細部までしっかりと古き良き木造駅舎の雰囲気が復元されていて、
少し離れたところから眺める立ち姿が実にイイ。
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ただ単に復元するだけでなく、
駅舎の左側には鹿嶋市観光協会の建物が、
駅舎の雰囲気を損ねることなく建て増しされています。

今年10月から運行を開始したD&S列車「36プラス3」の停車駅にもなっています。
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停車時間のひとときを有明海からの海風を感じながら過ごすというのもいいいかも。
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待合室もそんな旅情を満たす作りになっています。
夏の盛りにもう一度訪れたくなる駅です。

駅の自販機には九州らしいドリンク・・かぼすは大分ですがw
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通過していく長崎行き「白いかもめ」
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現在は一時間に上下2本以上必ず見ることができる風景ですが、
あと数年で寂しい路線になりそうです。

次回は佐世保線で木造駅舎一駅訪問

ジウン:KBS2ドラマ「ドドソソララソ」OST曲参加「Everyday,Everynight」・・いい曲!

シクリ(Secret)「非」公式スポンサーのぺえじ
11 /25 2020
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誰かー、アーカイブの視聴方法知っている人教えて!
(それがまだあればのハナシですが)


以前より予告されていましたが、
現在KBS2で放映中の水木ドラマ「ドドソソララソ」の第15弾OST曲をジウンが担当。
曲名は「Everyday,Everynight」


これはジウンならではの澄んだトーンのボーカルが
音的にも映像的にもマッチしまくっている曲。
ジウンのこうした優しい歌声を聴くことは他に代えがたい幸せでもある。

このドラマ、どちらかと言えば視聴対象が若い人向けということもあってか、
OST曲起用のミュージシャンもヨジャチング、(G)I-DLE、April、Lovelysなど、
ジウンより若い世代のグループのメンバーが多く参加していますが、
そんな中でもキャラメルボイスの健在ぶりをOST曲で示してくれているのが嬉しい。
個人事務所設立から半年も立たないうちに
地上波局のOST曲の仕事が来たのも大きいし、
ここから安定したペースでドラマの中でジウンの歌声が響くようになるといいな。

ちなみに、第14弾までのOST曲もいい曲いっぱいです。
私の大好きなEpitone Project
男性デュオ、GB9(キルグボング)が参加しているのも嬉しい。


さて、7日のジウンのアンタクトライブ

みなさん楽しい時間を過ごせましたか?

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見られた方はもちろん「YES」だろうなぁ・・・いいなぁ。
シクリとしてデビューするきっかけになった「みんなあげる」も披露したようですね。
「ビョル(星)」は歌わなかったみたいだけど・・・。
私はその日のその時間は仕事があったので見れずで、
後でアーカイブ見れるってことでチケットは購入してたんですが、
その後、そのアーカイブがどうやったら見れるのか全くアナウンスがない。
そうこうしているうちに2週間以上経ちましたから、
仮にどっかでアップされてたとしても、もう期限切れてそう・・はぁ・・。
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まぁ、過ぎたことをグダグダ言ってもしかたないので、
次のチャンスに期待するということにしておきます。
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これからもジウンの音楽&演技の活動が活発でありますよーに

KEEMBO : 今年4作目のシングル「SCENE」リリース

最強ボーカルデュオ`KEEMBO’
11 /25 2020
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ストレートなロックナンバーです。


8月に3作目リリースしたときはスルーしてしまい、
その後のオンライライブでは金払ったのに接続不良で見ること出来ず、
しかもその後のフォローが何もなかったので、
ちょい疎遠になっていたボヒョンボアKEEMBOですが、
23日に4作目のシングル「SCENE」をリリース。


バンドを従えてのロックナンバー
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ベースの女性がかっこいい
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バンドスタイルとなるとピタッとはまるのはどちらかと言えばボア
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画面的にもきまってますが、
ボアのボーカルはこういったタイプにはかなり強い。

ボヒョンはもちろん万能型なんですが、
一番魅力を引き出せるタイプの曲かというとそうでもない。
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ビジュアル的なハナシをすると、
シャウトしている表情を真正面から捉えると、
見映え上ちょっとキツイ。横からだとかっこいんだけどね。

2人の新曲のイメージフォト
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ボアの方が「睨みつける」目ヂカラがあるんだよね(いい意味で)

新曲のプロモーションも兼ねてのことなのか、
15日にはファッションショーでウエディングドレスのモデルとして登場。
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この2人がランウエー歩く日が来るとは思いもよらなかった
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韓国でも大きな注目を集めているわけでもないし、
かってのSPICAのファンが全て戻ってきているわけでないけど、
良質の音楽を提供し続けていけば、
いつか必ずちゃんと評価される日が来ると信じて頑張って欲しい。
2人にはそれだけの実力があるんだから。
こちらは、「SCENE」ライブバージョン動画。


やっぱ上手いわけよ。2人とも。

さて、スルーしちゃってた夏の3作目「GU GU」


これはこれで楽しいナンバーだったんだけどね。

一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑯ 「鬼滅の刃ラッピング」よりも派手な「電飾ハイブリット」YC1系

足まかせ旅日記
11 /24 2020
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早朝の大村駅、威風堂々な佇まい

まだ夜が明けぬ長崎市の午前5時半過ぎ
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満月が運河に綺麗に映っています

長い仮通路を歩いていって、5時58分発の博多行き「かもめ」の出発ホームに上がると、
「鬼滅の刃」映画公開タイアップでの885系では一編成しかないラッピング車両に遭遇。
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883系「ソニック」の一編成もラッピングが施されているようですが、
そちらは編成中2両のみで、「かもめ」の方は6両中5両の側面に、
一両ごとに異なるキャラクターラッピング。
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時間なかったので5号車の煉獄さん撮り損ねたのと、
3号車の我妻さんが「映り込み」レベルに。

それにしてもデッキ部分にあれだけスペース持っている885系なんだから、
車内装飾も考えれば良かったのに・・・先頭部をいじらかなかったことと併せて残念。
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あとARフォトスポットを完全スルーしていた俺のバカ。
(まぁ、そこまで執着してないけどね)

西日本でも端っこである長崎の夜明けは長野に比べてずいぶん遅く、
諫早到着の6時17分でもまだ空はやや白み始めた程度。
長崎駅を「かもめ」より11分早く発車して、
途中、長与駅経由と、異なったルートを通り、
「かもめ」より遅く諫早駅に着いた佐世保行きYC1系ハイブリット車。
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こちらに乗車していれば、長崎本線の未乗区間クリアだったんだけど、
これも次の機会になりました。

2年前に登場したJR九州初のハイブリット車両
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「(地球に)優しくて」「力持ち」ということからYC1系。
2016年登場の蓄電池式電車BEC819系も
「DENCHA(でんちゃ)」という愛称がありますが、
あちらはまだ愛称だからいいものの、こちらは正式形式番号に謎なネーミング。

車内は通勤・通学利用が主目的なのに、観光列車レベルの水戸岡チック
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旅行者向けにボックスシートがあるのも有り難いし、
そこに大きなテーブルが付いたのも利便性ということではアリか。

同年に登場した821系と共通の特徴として、
車両前面の縁どり部に「これでもか」と電飾的に埋め込まれたLED電球。
これが進行方向ならば前照灯、後方ならば尾灯の役目も果たすわけですが、
特に尾灯にときが強烈に個性を発揮しています。
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自分の長い鉄道趣味人生の中に、この車体概念はなかった。
なんか運輸車両とは別のナニモノかの印象を持ってしまいますね。
これが走るエリアの乗客はもう慣れただろうか?

「かもめ」到着から佐世保行き発車まで時間があったので、
停車中の車両や諫早駅を探索。

諫早駅は長崎新幹線の駅が出来るので、
歴史と趣のあった昭和9年築の2代目駅舎を解体して、
2018年から橋上駅舎となっています。
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立派で綺麗になったけど、味わいはなくなったなぁ・・。

島原鉄道の駅は同居していますが、改札口はJRとは別の場所。
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この日はまだ一番列車が到着してなかったのですが、
前日に諫早駅で乗り換えた時に撮っておきました。
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かっては島原鉄道から国鉄に乗り入れて、
長崎発と併結して博多まで行く急行もあったんですが、
島原港~加津佐までの区間が廃止され、
保有路線も約半分(といっても45キロ弱ありますが)になってしまいました。
訪れたくなる駅舎がたくさんあるわけでもない路線なんですが、
島原半島を半周する景色のいい路線なので乗り通しはしてみたい。
(島原から熊本へ船で行くルートも面白そうだし)

諫早駅のホームに停まっていた長崎行きの817系
JR九州の電化区間の通勤型車両の主力形式のひとつですね。
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木と本革のシートはデザイン的にはインパクトあり、
他のJR車両を見慣れたものからすると
「おしゃれ」もしくは「かっこいい」ものにも見えますが、
結構居住性を犠牲にしているような気がしないでもない。
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短時間の乗車ならそこまで気にすることもないか。
で、このあと鳥栖駅まで戻るときに何度か乗車することになりますが、
「不快」というほどの乗り心地でもなかった。

6時44分に諫早駅を出て、6時57分大村駅到着。
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空が明るくなると、「電飾」もそんなには目立たない。

下りホームからは長崎行きキハ66の4両編成が行き違いで出発
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キハ66系たくさん撮れたのは今回の収穫。

大村駅は明治31年に九州鉄道が長崎線を開通させたときの最初の終着駅。
また、1934年までは現在の大村線のルートが長崎本線でしたので、
幹線ルートの主要駅としての風格が現在も残っています。
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長崎本線時代のまま早岐方面が上り、長崎方面が下りとなっていて、
ホームの有効長も昔のまま長めにとられています。
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駅舎は2代目で昭和9年建築のもの。
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待合室スペースが広くとられ、天井も高く、
幹線の主要駅であった時代の雰囲気を今に伝えています。
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駅務室と天井の間にスペースがあるのって珍しい。
それくらい天井の高さが特徴的であると言えます。

そして壁面にあわせて大きく縦長の窓も堂々たる造り
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これを外から見ると「貫禄そのもの」の駅舎になる
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スロープが取り付けられバリアフリーへの配慮がなされていますが、
駅前広場との段差を横幅のある階段で結び、
その階段全体に大きな庇を張り出しているのも駅舎の貫禄を倍加させています。

一部が2階構造になっていて、
改札口はその高さの分吹き抜けになっているのがわかります。
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今後、長崎新幹線が武雄温泉から大村を経由して長崎に向かうことになり、
大村市エリアが再び「本線ルート」に返り咲くことになるのですが、
新幹線の駅は「新大村駅」(仮称)が別の場所に新設されるので、
この立派な木造駅舎の姿は変わるくことなくこの地にあり続けそうです。

新幹線の高架線はかなり工事が進んでいます。
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大村駅滞在約25分で、再び諫早駅に戻ります。
やってたのはJR九州非電化区間の主力キハ200系ハウステンボス色
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この車両はJR時代以降の汎用ディーゼル車としては、
JR東海のキハ75に次ぐ車内設備と言えるかな。

諫早駅からは長崎本線、787系「かもめ」に乗って有明海を眺めながら肥前鹿島駅へ。
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一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑮ 長崎市電&思案橋界隈ぶうらぶら

足まかせ旅日記
11 /24 2020
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水戸岡チック=外見はメタリック

西浜町電停で崇徳寺方面と分岐して、
長崎市最大の繁華街浜町アーケードと中島川を横目に進み、
一旦専用軌道に入って中島川を渡り、大きな通りの併用軌道に入る。
市民会館前で桜町電停を経由し長崎駅前に向かう路線と合流し、
馬町の交差点で右に曲がって国道34号線の併用軌道に。
このあたり亀山社中記念館など坂本龍馬に因む史跡がありますが、
そちらについては陽の高いうちにまた来ねばなるまい。
で、本格的に坂が迫ってくる手前で終点、蛍茶屋電停。
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右に停まっている209号車は1950年製。車歴70年の古豪です。

停まっていた崇福寺行き、1966年製の500形の車内。
こちらは全鋼製車です。
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来た道を戻って、浜町アーケード電停を左に曲がって、繁華街の併用軌道を通り、
歌でも有名な思案橋を過ぎて、終点の崇福寺電停へ。
ところが・・・
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自分では終点まで乗ったるもりだったんですが、
後々考えてみると、思案橋電停で降りてしまったみたい。
結局、後で写真を見返すまでそのことに気づかなかったので、
一区間だけ乗り損ねて、完乗出来ませんでした。
まぁ、中島橋を渡る専用軌道や、橋の上にある崇福寺電停など、
明るい時間に見ておきたい場所があるし、また必ず訪れるのでヨシとしよう。

なお、崇福寺電停は平成15年までは正覚寺下という名前で、
昭和43年に思案橋から延伸開業した部分。
思案橋電停にその名残がありました。
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こちらは、現在もこの名前の駐車場になっています。

なお、36年前に長崎駅前撮った写真の方向幕では「正覚寺下」
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この202号は未だ現役。

仙台市電からの譲渡車は5両ありましたが、
この1054号は私が見た5年後の1990年に除籍され、
現在はシドニーの路面電車博物館で動態保存されているそうです。
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つまり、まだ動くんだ。

ここでちょっと脱線(・・長崎市電にこの言葉はマズイ)ですが、
以前に「失われた鉄道風景写真館」ってカテゴリーで過去の写真をアップしましたが、
そのときに名鉄岐阜市内線と京阪京津線以外の
路面電車の写真をアップするの忘れてました。
ついでなんで、ここで函館、江ノ電、鹿児島の「懐かし写真」を公開。

①函館市電508号・・私が函館訪問した昭和61年に廃車。
廃車の3か月前に写真に収めることが出来てたんだ・・ラッキー。
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②江ノ電354・304編成+501編成
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上記車両は既に廃車ですが、300形は形式としては一編成が現役。
500系はもともと2編成のみの製造で、2003年に営業運転を終了しています。

③鹿児島市電800系
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元大阪市電2601形で32両の譲渡を受け、
私が訪れた36年前の主力車両の一つでした。
しかし、訪問年の秋に伊敷・上町線が廃止され余剰になった17両が廃車。
807号はその時は生き残りましたが、2000年までに形式が消滅しました。

以上、今は廃車になってしまった特集となりましたが、
その中で長崎市電202号だけは現役ですので恐れ入る。

さて、話を戻して・・・
長崎の「夜の街」と言えば思案橋
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・・と言ってもまだ夜7時前なので本格的な賑わいはこの後。
昼飯が「ハトシ」1個だけだったのでかなり空腹。
てなわけで、思案橋横丁の入り口近くにある老舗っぽい中華料理屋に入る。
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「天天有」・・後で調べてみたら、福建省からやってきた
初代の創業(1946年)から70年以上の歴史を持つ、思案橋界隈では相当の老舗。
さすがに元祖ということではないですが、長い間愛されている皿うどんを注文。
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値段的にはとてもお手頃で、味自体は風味があって良かったんですが、
具がちょっとがっかりするレベルにシンプルで少ない。
食べログで見ると、「老舗」ということでの高評価と、
「実際に食べての」低評価のどちらもがありますね。
私の評価としては、この値段で味をあれこれ言うべきでない・・ですね。
海鮮など具材をたっぷり使った「高級な」皿うどん食べたくば別に店に行くべきですが、
長崎で長く愛されてきた庶民の中華を味わいたければおススメです。

店を出てから思案橋界隈をぐるっと歩き回って、
一つ先の観光通電停から再び蛍茶屋行きに乗って、
市民会館電停で赤迫行きに乗り換え待ち。
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交差点の上にぽっかり満月ですが・・わかりにくいですね。

やってきた赤迫行きは昭和29年製300形310号に
「水戸岡マジック」をかけた「みなと」号
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僅か一両だけの「特別な」リニューアル車なので、思わずガッツポーズ。
これで赤迫までの長い距離を乗り通すことになります。

車内はどこもかしこも水戸岡チック
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運転室後ろの格子状の照明のインパクトが強い
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細かいところに長崎らしさを演出する装飾がふんだんになされています。
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観光客にとってみれば、長崎訪問をより思い出深いものする演出ですが、
日常使いする人にとっては装飾過多を感じさせるものかも知れません。
でも、それもこれも水戸岡イズムというものです。
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装飾具などがある程度規格化されているので、
コスト面では依頼主に優しい改造なんですが、
細部は異なれど、
大筋で同じデザイン以上にものならないという欠陥もある。

私としては内装以上に、車体正面や側面の文字やイラストでの
装飾へのこだわりが好きです。
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内装のやり過ぎは時に利用者に不便を強いるときもあるけど、
外装だとそんな迷惑もかからないしね。

赤迫に向かう路線は長崎駅前からほぼ国道206号の併用軌道を走り、
一部平和公園周辺だけ専用軌道になっています。
JR長崎本線と並行し、浦上駅の少し先まで路線が延びている
路面電車としてはそこそこ長い路線(長崎駅前~赤迫で約22分)
途中浦上駅前は繁華街が形成されていますが、
終点の赤迫電停の周りにはこれといって何もない。
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「みなと」号は回送となって浦上車庫へ。
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赤迫からは再び市民会館電停で乗り換えて、思案橋に戻る
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思案橋の周辺が長崎の歓楽街として発展したのは、
もともとこの一帯が江戸時代から花街だったからで、
江戸の吉原、京都の島原などと並んで
五大遊郭に数えられた丸山遊郭があった場所だから。
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現在は料亭となっている花月はその中でも代表的なもので、
遊郭引田屋に敷地内に文政元年(1818)頃に建てられた茶屋を現在も使っています。
坂本龍馬がつけたとされる刀傷が残っている部屋があったりと、
幕末の変革期に思いを馳せるにはもってこいの場所です。

花月の目の前にあるのが丸山公園。
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ここにも坂本龍馬像があるんですが撮り損ねた。
龍馬の海援隊隊士に嫌疑がかけられた
イカルス号水夫殺害事件が起こったのもこのあたり。

この写真の右手前には石組みのレトロな丸山町交番があり、
左奥には寛永元年(1624)創業から400年の歴史を持つ
長崎カステラの老舗福砂屋の本店があります。
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現在の本店は明治初期の建築ということですが、
それ以前の江戸期の面影を残して建て替えられたんではないでしょうか。
夜の街としての賑やかさだけでなく、
歴史の舞台としても色々な発見がある思案橋界隈。
こちらも陽の高い時間にまた訪れなければなりません。

夜も8時を過ぎて、結構歩いたので小腹も空き、
ホテルに戻ってからの夜食用に「豚まん」を購入。
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餡の濃厚さが期待したほどでなくややアッサリ目でしたが、
何個も食べられそうな軽やかな味わいで、これはこれでヨシ。

最終日のプランは「コレ」に決めきれないまま。
朝早く起きることができたら、そこから決めようと、
日付が変わる前にさっさと就寝。

で・・・
朝イチ、5時59分発の「かもめ」に間に合うよう起きちゃいました。
「早起きは三文の得」とよく言うように、
885系「鬼滅の刃」ラッピング編成にアタリ。
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これに乗って、この日走行する「無限列車」を見に行くわけですが、
当初予定とは大幅にプランをいじって、
私の本命である「駅舎巡り」もしっかり実践する、濃密な最終日となります。

次回へ続く。

一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑭ ベタですが、グラバー邸訪問。しかし・・・(後編)

足まかせ旅日記
11 /23 2020
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住んでみたいよ、こんな家

グラバー園の地に明治の前から立つ三軒の洋風建築。
その全てが国の重要文化財に指定されています。

まず最初は旧リンガー住宅
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住人であったフレデリック・リンガーは元治元年頃の来日で、
長崎の地で貿易業のみならず多彩な事業を興した実業家。
彼が興した商社の一つホーム・リンガー商会は、
現在も門司で外国船舶の代理店業を行っており、
門司港のレトロ地区に、そのクラシカルなビルが現役で稼働しています。

平屋であるが故に逆に広々とした贅沢な空間を感じさせます
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もう一つが旧オルト住宅
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ウィリアム・ジョン・オルトは司馬遼太郎の「竜馬がゆく」にも登場する、
海援隊や長崎の女性商人大浦慶とも関わりが深い商人。
土佐藩の後藤象二郎、岩崎弥太郎との親交もあったとのこと。

屋根、柱、門、どれをとってもその重厚さと豪奢さに圧倒されます。
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さて、最後の一つは言わずと知れた、
世界遺産「明治日本の産業遺産」の構成資産であるグラバー邸。
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全面改修工事中でしたっ!!!!

一部、シートの間から工事の様子をチラ見することはできましたが、
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こうした姿を見らるのは確かに貴重ですが、
やはり全景が見たかった。
改修工事が終了した折にはまた訪れなくては・・・。

一通り建築群を見学したタイミングで日没時間。
旧リンガー住宅からの眺めなど、何か所かに場所を移して撮影
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沈んだのが海の向こうでないのが少し残念

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日没後も残光に照らされ、長崎の街が暗くなるにはまだ少し時間がある。
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グラバー園から坂を降りて行くと大浦天主堂
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日本に現存する最古のキリスト教建築物で、
1864年(元治元年)に竣工。
国宝であり、グラバー邸とはカテゴリーの異なる、
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産です。
礼拝堂を拝観するには少し時間が足らず、こちらも次回訪問時までとっておくことに。

土産物屋が立ち並ぶ坂を降りきった先に大浦天主堂の電停。
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ここから西浜町を経て、まずは蛍茶屋まで乗り通し。
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ここからは夜の長崎をぶうらぶら。

パク・セワン:映画出演2題③ ミュージカル映画「人生は美しい」メイキング動画

パク・セワン(박세완):期待の新進女優
11 /22 2020
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インスタページも復活しました。やはり、「乗っ取り」にあっていたようです。


12月公開のセワンさん出演のミュージカル映画「人生は美しい」
セワンさんの躍動感あふれる姿も楽しめるメイキング動画アップされています。


歌と踊りに溢れたバリバリのミュージカル映画のようですね。
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セワンさんもこうした群舞に登場しています。
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今から20~30年ほど前のファッションという設定になるのかな
見た感じではもう少し古そうだが・・・

歌のシーンもある・・これはかってないことだ。セワンさんの歌声ってどんなだろう?
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セワンさん演じるセヨンの高校時代の恋人ジョンウ役、
Wanna One出身のオン・ソンウくんとのシーンが多くなる。
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オン・ソンウくんにとっては初めての映画出演。
彼のファンは多いので、この映画への注目度も高くなりそうです。

まだまだ高校生役がドハマりなセワンさんです。
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こちらはメイントレーラー


ここでもセワンさんの新たなカットが少しある
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制作発表会の時の主演4人のオフショットなど
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もう1本の出演映画「盗掘」は公開以来の韓国での動員数一位を未だ継続中
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この人気ぶりなら日本での公開も期待できそう。

来年にはスクリーンでセワンさんに出会うことが出来そうです。
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一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑬ ベタですが、グラバー邸訪問。しかし・・・(前編)

足まかせ旅日記
11 /22 2020
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長崎の夕暮れはどこか寂しげ

五島町電停から崇福寺行きに乗って、
近年、エリア全体の復元作業が進む出島を左手に見て、
新中華街電停で一旦下車。
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まずは近くのバスターミナルホテルで軌道線フリー切符を購入。
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とさでんのフリー切符は公共施設関連の割引サービスが付与されていましたが、
こちらは一般店舗の割引サービスがたくさん。
地域の観光振興ということで言えば、こちらの方が良いかも。
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長崎電気軌道は港エリア、歓楽街、市街地中心部で路線が細かく分岐していて、
長崎駅から先は(ほぼ)国道202号の併用軌道上を郊外に長く伸びている路線形態。
全部乗り潰しが終わる頃には夜になってしまいますが、
明るいうちは市内観光も少しはしておきたいところ。

てなわけで、新中華街電停から石橋行きに乗車し、終点まで。
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途中から2車線のやや狭い道の端っこを専用軌道のように路線が敷かれています。
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石橋電停から住宅地に入っていくと、
世界遺産(の一部)になっているグラバー邸のある
グラバー園へと続く斜行エレベーターがあります。
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最上階からは長崎市街地が一望できる。
まぁ、「坂の街」長崎ですので、
「一望できる場所」はそこかしこにあるんですけどね。

グラバー園は登って行く第一ゲートと、降りて行く第2ゲートがありまして、
こちらは第2ゲート。
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第一ゲートから登ってくるときには「動く歩道」を使えます。
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入場券を購入し中に入ると、すぐに「旧三菱第2ドックハウス」があります。
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明治29年建築の船舶乗務員宿泊施設。
対岸の三菱重工長崎造船所から移築されました。
グラバー園はグラバー邸、オルト住宅、リンガー住宅など、
江戸末期の開国後に出島以外に長崎が外国人居留地が出来た際に、
風光明媚なこの場所に欧米の貿易商人が居住したことに始まります。
現在は、そこに残された洋風建築群とともに、
長崎市街に点在していた幕末~明治維新期を偲ばせる歴史的建造物を移築し、
回遊式庭園風のテーマパークとも言うべき施設になっています。

どの建築物も復元ではなく当時のもの移築・保存しているということにも価値があります。
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高島秋帆の指導の下で製造された高島和砲。
海防のために長崎湾に向けてここに設置された・・わけではない。
移築元はわかりませんが、どっかから持ってきたものです。
(これを製造した鉄砲鍛冶の家が
後に鉄工所となってそこで保存されていたようですね)


明治16年頃建築の長崎地方裁判所長官舎(上町より移築)
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旧ウォーカー住宅は日本瓦と庇が用いられるなど和洋折衷風。
こちらはすぐ近くの大浦天主堂の隣にあったものを移築。
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日本における「西洋料理の父」とも言われる
草野丈吉(1840-1886)が明治11年に市街諏訪神社下で開業した自由亭
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草野は出島での料理修行の後、文久3年に自宅を改装した「良林亭」を開業。
これが日本で初めての西洋料理店と言われています。
先進地長崎であるとはいえ、
明治よりも前に日本人によって「レストラン」がオープンしていたとは驚きです。

グラバー園の中でも少し離れたところに移設されているのが旧スチイル記念学校
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明治20年に東山手に建てられたミッション系の学校です。
1974年に移築される前は海星学園の寄宿舎として使われていました。
移築される前の時期って現在タイガースでコーチをしている
平田勝男氏が海星学園に在籍していた時期。
(甲子園で名を馳せた「サッシー」こと酒井圭一投手もいた)
若き日の平田選手もこの建物を使っていたのかも?

長くなりそうなので、ここまでで前編終了。
後編は建築時からこの地にある3つの重要文化財でもある建物と、
グラバー園から眺める長崎の夕暮れ。
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夕映えの旧リンガー住宅の美しさ

一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑫ ひさびさの長崎駅前、初めての長崎観光(到着編)

足まかせ旅日記
11 /21 2020
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地平頭端式ホームがまた一つ姿を消した

諫早駅から乗車した885系「白いかもめ」
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ドイツの高速鉄道専用車両ICEとそっくりの前面フォルムがまずカッコイイ。

車内は先行車である日豊本線「ソニック」用の883系と似たようなコンセプトで、
乗降口、デッキ部分のライトアップやデコレーションなど凝りまくったデザイン。
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フリースペースの背後の壁面に書画が展示されていることが多い。
デッキに足を踏み入れた瞬間から旅が始まる雰囲気と
非日常的な感覚を味わってもらいたいという、水戸岡イズムとでもいいましょうか、
そういったコンセプトの真骨頂がこの885系と883系には表れていると思います。

客室内は間接照明オンパレード。
特にデッキとの仕切りの部分のすりガラスが独特。
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登場時には座席は全て本革仕様でしたが、
モケット仕様に変更されているものもあり、今回はそちら。
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どちらかと言えばこちらの方が寛げる。

全国にある観光列車用の水戸岡デザインのインパクト重視の奇抜さや、
JR九州の通勤車両のデザインでの日常使用にしてはデザイン重視し過ぎに比べると、
九州新幹線800系と並んで、そのデザインがバランスよく機能しているという感じです。
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水戸岡デザインの特急車両の象徴とも言える787系は、
編成全体としてのコンセプトは「最高級」と言えるものと思いますが、
「つばめ」「リレーつばめ」での使用がなくなった現在では、
そのコンセプトは解体され、
「やや圧迫感を感じる車内」(個人的感想)だけが残ったような気もしないでもない。
(大型荷物スペース確保のため座席列の真ん中がパーテーションで区切られているせいかも)

「白いかもめ」はシーサイドライナーより15分早く長崎駅に到着。
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今年3月に供用開始されたばかりの在来線高架ホーム。
地平時代には3面5線および側線がたくさんありましたが、
高架化により2面5線(切欠ホームを含む)のシンプルなホーム構造になりました。

高架ホームは早岐駅に移転した長崎車両センターの跡地に建てられたもので、
2022年度開業予定の長崎新幹線のホームは地平ホーム跡地との間に建設中。
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現在は改札口は一か所のみですが、新幹線が開業し、
地平駅跡地や西口に再開発が終われば複数の改札口が作られるのかも?
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で、高架ホームが先行して使われるようになったのはいいものの、
旧コンコースまで行かないと、長崎市の表玄関には出られない。
そしてその距離がベラボーに遠くて不便。
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まず、工事中の新幹線ホームの下を通って、
車両センター、留置線、旧ホームの跡地を仮通路で横切り、
1本だけ残された旧ホームの先端部分に達し、
そこからまるまるホーム1本分歩く。
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かっては東京・大阪からのブルートレインの
超大編成が停まれるように出来ていただけに長い!
で、ようやく地平時代の改札口にたどり着く
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この4代目駅舎は、私が以前訪れた昭和60年にはまだなく、
平成12年に出来た、「そこそこ新しい」駅舎であり周辺施設。
なもんで、新駅開業後も施設としては残り、新幹線駅との間のスペースは、
ホテルなど新たな商業スペースや公園などの公共スペースになるとのこと。
つまり、在来線も新幹線もホームからメインストリートである、
長崎電気鉄道の路線やバス路線が多数走る
国道202号線との距離はかなりのモノになります。
高架ホームの頭端部は将来ベイエリアとペデストリアンデッキで結ばれるらしく、
ベイエリアへの官公庁移転などの再開発と相まって、
こちらが機能的な動線を構築していく可能性はありますが、
それでも従来の動線との距離はありすぎ。
そもそも毎日この駅を使う人にとっては、
今の不便さは耐え難いものではないかと察しますし、
地元住民であれ、旅行者であれ、幼児、高齢者にはかなり酷な暫定処置です。
これ新幹線駅開業を仕上げにするという「華々しさ」をイメージしたから、
この再開発の順番になったような気がしますが、
利用者のことを最優先に考えるならば、
在来線駅の移動は一番最後であるべきではなかったかと思います。
出来うることならば、新に広く作られる駅前のスペースに、
路面電車の電停やバス停留所を乗り入れるように
空間設計すればいいのに・・と思うのですが、今んとこその予定はないようですね。
(バス停についてはロータリーが作られるようですね)

36年ぶりの長崎駅訪問で、
その変わり方にやや憤りを覚え長々と書いてしまいました。

しかし、長崎電気軌道の電停の雰囲気は36年前と変わらず
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そもそもここが未だにバリアフリー化してないのもどうかと思うが・・
観光客にとっての主要乗降駅(電停)なのに、
これまで見てきた、富山、高岡、福井、高知、広島に比べても、
JR駅からの乗り換えの利便性はもともと良くない。
・・というか、他の地区ではそれが改善され利便性が向上しています。
(松山駅前は今後の駅高架事業との絡み方に注目です)

36年前はこの陸橋から路面電車を撮影しただけで、
「かもめ」に乗って福岡にとんぼ返り。
「長崎に行った」とは言えないような滞在で、ずっと心残りでした。
今回ようやく長崎県での初宿泊です(全都道府県中38県目)。
予約したホテルは長崎駅前電停の一つ先、五島町電停のすぐそば。
(一駅だけなので歩いて移動しました)
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メインストリートのど真ん中と言って良い場所です。

長崎市内で、このレベルは「坂道」には入らないだろうね。
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小さいホテルでしたが部屋はなかなか機能的な作り
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荷をほどいて、少し休んで、
日が暮れ始まる前に長崎電気軌道乗り潰し&市内観光スタート。
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まずは路線が複数個所で分岐している港エリアへ。
(写真の1966年製500形赤迫行きはその反対方向です)

一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑪ 佐世保バーガー食い損ねる・・‥ハトシは食べた

足まかせ旅日記
11 /20 2020
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27日・日本海、29日・太平洋、30日・瀬戸内海ときて31日は東シナ海
正確に言えば、富山湾・土佐湾・伊予灘・大村湾だけど・・・


佐賀駅からは佐世保行きの特急「みどり」に乗車。
早岐駅で分割する「ハウステンボス」との併結運用が多いんですが、
こちらは「みどり」単独編成。
長崎本線と佐世保線の分岐駅、肥前山口駅での少しの停車の間に最後尾を撮影。
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同じ783系でも「ハウステンボス」編成の方が塗装が派手
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乗降口まわりの情報過多気味のロゴデザインが水戸岡チック

「みどり」編成はこれに比べたらシンプル(佐世保駅で撮影)
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前面展望が可能な前室部分は普通車自由席にも関わらず、
シートが嵩上げされていて、窓も他の客室スペースよりも大きめ。
後部座席からでも前面展望が拝めないこともない。
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・・・さすがに無理があるかw

でも運転室のすぐ後ろの座席だとパノラマビューです。
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JRでこの眺めを自由席特急料金
(フリー切符ならばそれすら無料)で堪能できるってのはそうはないぞ。

ちなみに佐世保線は、有明海沿いを走る長崎本線と違い、
武雄温泉、有田と佐賀県の山間部を走るので
佐世保近辺まで車窓に海は見えない。
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そのかわり、武雄温泉近くで尾根に奇岩が聳える山が見えたり、
有田周辺では有田焼の窯があちこちに見えたりと、それはそれで楽しい。
長崎新幹線が開通したらほぼトンネルの中だけになってしまうんだけどね。

早岐駅には12時18分に到着し、スイッチバックと列車交換のため、
6分間と特急にしては長めの停車。
佐世保からやってきたのは長崎行きの区間快速で、キハ66系の国鉄急行塗装
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現在JR九州で長崎地区にだけ残っている希少種で、
しかも今年になって14編成のうち6編成が廃車と、
余命いくばくもない状況となっています。
JR九州でも長崎地区以外の非電化区間ではキハ40がそこそこ生き残っていて、
一部は「いさぶろう・しんぺい」などD&S列車に転用されていていますので、
JR西日本とともにまだ活躍が見込めそうですが、
キハ66については、来年はさらに置き換えが進みそうです。
純粋に通勤車種だったキハ40と違い、
急行運用にも使われることがあった、
「国鉄気動車急行」の雰囲気を今に伝える貴重な形式です。

留置線にはもう一編成ある急行型塗色と、
シーサイドライナー塗色が停まっていました。
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次に長崎に来るときにはお目にかかれなくなっている可能性もあるので、
この塗色に出会えて良かった。
これだけでも今回、はるばる長崎県まできた甲斐があった。

早岐駅(あ・・「はいき」と読みます・・念のため)で方向転換して、
10分後に佐世保駅に到着。
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3面6線を有する高架駅ですが、現在はそのうちの一面2線は使用されていません。
またJR1・2番線ホームは北側部分が第3セクター松浦鉄道のホームとなっています。
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フリー切符のエリアじゃなかったから今回の計画に組み込みませんでしたが、
長崎北部のリアス式海岸をぐるりと半周する風光明媚な路線だし、
鎖国以前の海外交易の歴史を伝える町、平戸も通るので、
是非乗ってみたい路線です。

軍港、造船の街であるとともに観光拠点でもあるだけに、
一階コンコースの待合スペースは広めにとられていて、
それぞれの椅子にはテーブルもついていて、
構内の売店で買った軽食などをここで食べることも出来ます。
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駅西口(みなと口)を出て道路を渡るとすぐに佐世保港
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停泊しているのは海上自衛隊の多用途支援艦あまくさ。

何故か地元のダンススクール(と思う)のキッズたちが、
その「あまくさ」の前でダンス動画を撮影してました。
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その横には釣りをしているおっさん‥天気も良く、長閑な風景だなぁ。

駅のすぐ近くに公園と港がある軍港の街・・横須賀駅に近い雰囲気がありますね。
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大きな商業施設や街の中心部が駅から少し離れているのも似ている。

横須賀駅と違うのは佐世保駅やその周辺にも商業施設があるのと、
高架駅なので、反対側にも駅前広場があって市街地が形成されていること。
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で、佐世保と言えば「佐世保バーガー」
丁度お昼時ということもあって、
次の列車に乗る前に買って、車内で食べようと、
駅構内にあるスタンドで一番シンプルなタイプを注文したんですが、
注文順に作っているようで、
私の分の出来上がりがどうにも発車までに間に合いそうにない。
結局、注文をキャンセルして慌てて長崎行きの快速に乗り込みました。
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キハ66系、ハウステンボス塗色です。
車内は地元客と観光客で結構な混雑。
ハンバーガー注文する前に土産物店が並んでいた場所の、
「練り物屋」さんで買った、長崎のB級グルメ「ハトシ」のみが私の昼食。
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蒲鉾(すり身?)を食パンでくるんで揚げるという、
何ともユニークな発想の軽食。
もともとは中華街経由で伝わり卓袱料理のひとつだそうですが、
長崎市ではおやつとしても気軽に食べられているようですね。
北海道の小樽にもパンロールという名で同じようなものがあるそうです。
味は・・というと、こうしたB級グルメで私のチョイスに外れなしです!
ただ・・・・もう1個買っておけばよかった。

あっけなく昼食が終わったように、早岐駅を出てすぐにハウンすテンボス駅に到着
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1人でテーマパークに行っても如何ともしがたい私は当然降りず。
観光客の乗り降りがあって、列車はそこそこ混んだまま大村線を南下。
シーサイドライナーは快速といっても途中の竹松までは各駅停車で、
大村線内で通過するのは僅か2駅だけ。
ハウステンボス駅の2駅先、小串郷駅を過ぎたあたりから松原駅までは、
大村湾の海岸線にへばりつくように走るので、ずっと海が近い。
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雲一つない天気で海は西側なので容赦なく太陽の光が差し込んできますが、
海に飢えている「長野県在住者」にとっては苦でもない。
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太陽光が穏やかな入り江の波にキラキラ輝くのもまたいいもんだ。
これは長野(北信)に近い新潟県の海岸線ではあまり見られない風景。

で、この沿線、海岸線に近いとこをずっと走り続ける。
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対岸にある長崎半島で東シナ海と完全に切り離されていて、
津波や高潮の心配がないので、これだけ海岸線に近接して路線が敷設できるわけだ。
これは有明海沿いを走る長崎本線と同じ理屈。
で、これだけ広い湾や複雑なリアス式海岸、さらには数多くの島嶼を有しているので、
県としての面積がさほど大きくないにも関わらず、
海岸線の総延長では北海道に次ぐ全国2位になるわけだ。
(北方領土を除けば長崎県が一番長くなるそうです)
また、長崎県内で海岸線まで15キロ以上離れた地点はどこにもないそうで、
これまた長野県在住者からすると信じられないことです。
(山の尾根線の総延長とか計測したら長野県は一位になれるかな?)

海岸線に目を奪われがちな大村線ですが、
川棚駅はホーム上屋は廃レールによる骨組みが素晴らしい
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他にも千綿駅や松原駅など途中下車してみたい駅もありましたが、
今回の乗車では我慢。
しかし、大村駅だけはパッと見ただけで一目惚れ。
こちらは翌日の予定を大幅に変更して訪れることにしました。

途中下車することなく、長崎本線との接続駅、諫早駅に14時27分に到着。
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ここで長崎行き特急「かもめ」を待機するために8分停車。
やってきた「かもめ」は885系「白いかもめ」
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そうとなれば、当然私が乗車すべきはこっちでして、
長崎まで先着するこちらに乗り換えました。

次回、36年ぶり訪問の長崎市。
19歳の春は駅前のみ僅か30分程度の滞在でしたが、
55歳の秋は市内観光及び宿泊です。
(当然、長崎電気軌道は完乗を目指します)


一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑩45か所目の県庁所在地駅に降り立つ

足まかせ旅日記
11 /19 2020
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佐賀駅の久光スプリングスの選手たちの
ラッピングコインロッカー・・インパクト強っ!

鳥栖駅は九州鉄道時代、
現在の位置に移転した明治36年に建築された駅舎を
改築を加えながら現在まで使用している、
九州現役最古の駅舎です。
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ホーム上屋に使用されている古レールの年代を示してそのことをアピールしています。

木製の支柱となっている部分もあります
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改札口のある駅舎とホームの間は鹿児島方面は階段、
博多方面はスロープと階段で結ばれており、
スロープの方に特に年季を感じさせます。屋根が全部板張り!
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駅舎は車寄せの部分のしっかりとした造りが目を引く
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増築(であろう)2階に通じる階段にも細かい細工が施されています。
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駅舎の全景もしっかり撮りたかったけど、なんし逆光
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現在も長崎本線と鹿児島本線の分岐駅であり、
かっては操車場もあった交通の要衝。
それだけに、古い木造駅舎であることと、
そのスケールの大きさが鳥栖駅の魅力です。

しかし、駅舎が片方側にしかなく橋上駅化の方向で再開発計画が進められ、
その一環として現駅舎は取り壊し、あるいは保存という検討がなされましたが、
現時点では費用面の問題もあり計画は凍結中。
長崎新幹線が部分開業しても、
武雄温泉駅を介してのリレー特急が鳥栖駅を通るので、
駅の重要性は失われないように思いますが、
フル規格で全線開通の折には鳥栖駅も大きく姿を変える可能性がありますね。
駅舎自体は駅舎として利用する以外に保存するには、
ガタイが大きすぎるので、歴史的価値はともかく難しいかも知れませんね。
しかし、折尾駅があっさり解体されただけに何とか残して貰いたいものです。

かって操車場があり、現在はサガン鳥栖のホームグラウンド、
鳥栖スタジアムがある東側には、初の国産量産蒸気機関車230形が保存されています。
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現在は鳥栖駅の他には京都の鉄道博物館にだけ残っていて、
京都の方は重要文化財に指定されています。
どちらも1960年代初めまで現役で残っていた最後の車両です。
鉄博のが1903年製造で、鳥栖のがその2年後の製造です。

改札口の時計もそこそこ年季モノ。
その隣の駅そばスタンド(メインはうどんでしょうが)でも駅弁販売しています。
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さきほど「かしわうどん」を食べたばかりですが、
この駅では「かしわ飯」も買っておかねばならぬ。
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駅弁のラッピングが復刻モノなのは嬉しいけど、
そこに材料表示のシールべったり貼るのはやめて欲しい。

買った駅弁を手に抱えて次の列車を待つ。
やってきたのは特急「かもめ」787系バージョン
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自由席は結構な込みようで、日差しがモロ当たる側しか空席なし。
止む無くカーテンを閉めての乗車で、僅か17分の乗車で佐賀に到着。
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そんな短い時間で慌てて食べないでもよかった・・と後悔。
鳥栖駅には他にも魅力的な駅弁があったので、また訪れたい。

何度か書きましたが、私は20代の前半で国内全都道府県の「踏破」は達成。
ただし、その中でも「通り過ぎただけ」の県や、
「県庁所在地に降り立っていない」県がいくつかあります。
昨年、徳島市を訪問して残り3つとなっていた、その「未踏県庁所在地」ですが、
今回の佐賀駅下車で、45県目の県庁所在地駅下車です。
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尚、残る2つは鳥取市と三重県の津市。
ただし両県とも県自体は通り過ぎるだけでなく滞在もしているので、
今回、佐賀県内を「乗り降り」したことによって、
47都道府県「完全」踏破と言っていいでしょう。
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787系も初乗車だったんですが、翌日もまた乗ったので車内のことはその時に・・・

博多行きの方が順光で上手く撮れた
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佐賀駅から分岐している唐津線もいい駅がいくつかあるので、今度ゆっくり乗りたい。
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最初は唐津線も乗車予定だったんですが、
降りたい駅が列車交換駅になっていて、
どうにも上手い計画が組めなかった。

佐賀と言えばバルーンフェスタということで、
改札口もそんなデコレーション。
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ただし残念ながら今年は中止。
「SEE YOU 2021」と掲示されてますが、そうなって欲しいですね。

そして佐賀と言えば、羊羹の購買量全国一位。
ですんで、駅の売店には複数の羊羹屋さん。
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品数も凄い豊富でした。
ちなみに全国2位は「冬に水羊羹を食べる」福井県
両県とも全国平均の2倍近くの購買量です。

そして佐賀と言えば幕末・維新期の「七賢人」ですが、
さすがに駅前に7人分の銅像並べるのはムリなようで高知駅前のようにはいかない。
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代わりと言わけではないですが、
面浮立(めんぶりゅう)という佐賀の民俗芸能の像が立っています。
鬼の面をつけて踊る鹿嶋市を中心に祭事で見られる舞踊のようです。
※なお七賢人については、銅像建立を目指した運動はやっているようで、
他にも2018年の「肥前さが幕末維新博覧会」では、
7人どころか、25人にも上る肥前佐賀藩の偉人の銅像を佐賀市内に配したそうです。
今回は佐賀市内を散策する時間がなかったけど、
次に訪問するときには確認してみたい。

バルーン、羊羹、七賢人は承知していましたが、これは知らなかった。
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佐賀市内の504体を筆頭に県内に820体以上あるそうだ。
「えべっさん」と言えば大阪というイメージが強かっただけにこれは意外だった。
もちろん駅ホームに恵比寿像があるのも佐賀駅が恐らく唯一。

佐賀駅での滞在僅か40数分で、佐世保行きの特急「みどり」に乗車。
783系ハイパーサルーン乗車、最初の「きらめき」だけじゃなかった。
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指定席が取れなくて心配でしたが、自由席ガラ空きでした。

ここからは、佐賀県に続き「ほぼ未訪問」の長崎県に入っていきます。
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旧国鉄のオリジナルカラーにもたっぷり出会えるぞ


一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑨ 「ゆふいんの森」にやっと乗れた

足まかせ旅日記
11 /18 2020
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デビューから31年経ってようやくですよ。

特急「きらめき」に乗って小倉駅から折尾駅まで。
折尾駅での乗り換え案内では、筑豊本線の直方方面は、6時30分の直方行き。
しかし、「きらめき」が5時41分着で、3分後に筑豊本線から篠栗線に直通する博多行きがある。
これを何故アナウンスしないかと言うと、
共に高架ホームである、鹿児島本線と筑豊本線のホームが構内工事中というのもあって、
結構距離が離れているから。フツーに歩いていたのでは3分の乗り換えはムリ。
しかし、私は初めての折尾駅での乗り換えで、猛ダッシュかまして、
その「不可能な3分乗り換え」をクリア。

途中、筑前植木駅など途中下車したくなる木造駅舎も何駅かあるんですが、
今回は完乗のみを目的として、駅巡りはパス。
9分間の停車時間があった直方駅だけ駅の外に出ることが出来ました。
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駅前広場には郷土の力士、元大関の魁皇の銅像が立っています。
魁皇の名は福北ゆたか線、博多~直方を走る特急の名前にもなっています。

かっては直方から南のエリアは筑豊炭田で賑わっていて、
縦横に国鉄の路線が走っていたわけですが、
JRになる前後でその多くが廃止になり、
残った路線も筑豊本線、日田彦山線、後藤寺線以外は第3セクター化されました。
そのうちの旧伊田線である平成筑豊鉄道伊田線は直方駅が起点。
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折尾駅では乗り換えるだけで精一杯だったので、
乗っている車両の写真も直方駅で撮影。
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水戸岡デザインで多くが統一されているJR九州の車両は、
他所から訪れると、普通列車でも何かワクワクする。
(地元の人からすれば使い勝手の悪さとかあるんだろうと思うんだけど)

桂川駅から先は篠栗線に入りますが、博多と結ぶこちらの区間のほうが本数が圧倒的に多い。
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筑豊本線は桂川から先、非電化区間で一日8往復程度。
冷水(ひやみず)峠をしての筑豊本線完乗はまたの機会に。
(折尾~若松も未乗車だしね)

博多駅に近づくにつれ乗客はどんどん増えていって、
折尾を出てから92分で博多駅に到着。
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筑紫口側に降りたのは今回が初めてだ。
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門司港駅にも寄らず、途中下車もせず、博多駅到着を急いだのは、
9時24分発の「ゆふいんの森」に乗る前に、
Wi-Fi完備のカフェかどこかで、この日のブログを先に更新しておきたかったから。
当初の目論見ではフェリー船内で書き上げておく予定だったのですが、
船内のネット環境が整っていなかったので、
どうしても博多駅で時間をとる必要が出てしまいました。

で、結構余裕を持ってブログを書き上げ、再び博多駅ホームへ。
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特急だけでなく通勤型車両も含め、
バラエティに富んだ車種が噴飯に発着するということでは、
現在では日本で有数の駅だと思います。
これだけ在来線特急が多方面に高頻度で発着している駅は札幌くらい?

ホームのあっちこっち移動しながら写真をとっているうちに、
待ちに待った「ゆふいんの森」が到着。
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正面の形状から完全新造車のキハ72系とわかります。

「ゆふいんの森」は1989年に運行が始まった
JR九州の「D&S(デザイン&ストーリー)列車」の先駆けとも言うべき車両。
その第一編成であるキハ71系は、車体のみ新造でしたが、
全車両ハイデッカー構造という、それまで他に例を見ない斬新なデザインでした。
1999年に増備されたキハ72系は台車も含め完全新造車で、
車内設備もグレードアップされています。

登場から30年以上たった現在でも超人気車両で、
このご時世でも多くの観光客の乗車がありました。
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車内で最も特徴的なのがハイデッカー車であることから、
通路部分も「渡り廊下」になっていること。
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乗降には階段を使いますが、ビュッフェなど
他の車両へ移動する際には階段を使う必要がありません。

そして、そのビュッフェがあるところも、
今の日本の鉄道車両の中では特筆すべきこと。
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今回は乗車時間僅かだったので、
ここで風景を楽しみながら時間を過ごすことは叶わなかった。

先頭部分は前面展望できる構造
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パーテーションで仕切られた簡易コンパートメントスペースもあります。
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4号車は2015年に増備されたため、他の車両と座席のデザインが異なり、
より「水戸岡チック」が全面に出ています。
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本来なら北九州フリーきっぷのエリア内であるので、
せめて終点の豊後森まで乗って行きたかったんですが、
それだと後の予定がグダグダになるので、
今回は「ようやいく乗車できた」という満足感のみで我慢して、
僅か25分の乗車で最初の停車駅鳥栖駅で下車&お見送り。
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鳥栖駅では、「九州の駅そば」と言えばコレ!を堪能。
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小倉駅と並んで双璧とされる「かしわうどん」です。

「具だくさん」というイメージはないですが、
じんわりしみじみ味わいのあるうどんです。
コシのない博多のうどんもまたヨシです。

鳥栖駅は折尾駅や直方駅が建て替わってしまった現在、
文化財級の門司港駅を除けば、九州最古の駅としての風格を今に伝える数少ない駅です。
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鳥栖駅の紹介と、その先の旅路は次回へ。

一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑧ 道後温泉で晩飯に迷い外す

足まかせ旅日記
11 /18 2020
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朝5時過ぎ、小倉フェリーターミナル、浮かぶ満月


道後温泉駅に来るのも30年以上ぶり
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明治44年に建てられた駅舎を復元した現在の駅舎はその時に既にありました。
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美装化されスタバが入ったのは3年前のこと。
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運行時以外の坊ちゃん列車は留置線に展示されてます。
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だから古町の車庫にいなかったのね。

道後温泉本館が国の重要文化財に指定されたのが1994年。
その年に100周年記念事業としてからくり時計が設置され、
坊ちゃん列車の運行も始まりました。
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私が以前に訪れたのはそのちょっと前くらいになるかな。

ユニフォーム姿の正岡子規像は2015年建立
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俳人、歌人であるとともに、ベースボールを「野球」と翻訳した最初の人としても知られ
(正式な翻訳は中馬庚)、打者、走者、四球などの訳語も作っています。
ベースボール普及の功績が評価され2002年に野球殿堂入りしています。

駅前から続く道後温泉商店街は今も昔も変わらず
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道後温泉本館は昨年から改修工事に入っていると聞いていたので、
神の湯本館棟と玄関棟はまだ覆いに隠されていなかった。
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アーケードの先、本館と反対側に位置するのが、
新たな外湯施設である「椿の湯」と「飛鳥乃温泉」
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本館の改修工事による利用可能施設減少の受け皿にもなっています。

さて、この道後温泉で晩飯を食べようと思い、商店街を色々物色。
「松山風」の鯛めしにしようと心に決めていたのですが、
一人飯で2000円超というのもなぁ・・と悩んでいたら、
「飛鳥乃温泉」の近くで、手ごろな値段で、
かつ他のメニューも豊富そうな店発見。
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「松山風」とは「鯛の炊き込みご飯」
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値段はお手頃でしたが、汁物もつかない、釜飯のみのシンプルさ。
鯛の切り身も期待したほどの量でなく、
ご飯が釜飯にしてはすこしベシャベシャしてたのが少し残念。
これなら奮発して2000円超の方にしたらよかった。
前日の高知でもそうですが、1500円前後の食事での私はいつも判断ミスる。
なお、他のお客さんの注文を見る限り、
メニューも豊富だし酒の肴としてあれこれ頼む分にはいい店だと思った。

市内線で松山市駅に戻って、コインロッカーから荷物出して、
再び高浜線で終点の高浜へ。
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夜9時前の高浜駅はひっそりしてました。

ここから連絡バスに乗り換えて1分ほどで松山観光港に到着。
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21時55分発のフェリーに乗って、翌日早朝の九州(小倉)上陸まで寝て過ごすことに。
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桟敷席も部屋ごとに区切られていて、一番安い二等客室を利用。

隙間なく布団が置かれていましたが、
一部屋の利用者は5人程度だったので、
隣を気にすることなくゆっくり眠れました。
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十分な睡眠時間もとれて、朝5時、まだ暗い小倉港に到着
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小倉港は小倉駅の新幹線口までは1キロ未満なので、歩いても10分ちょい。
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小倉は松本零士氏が小・中・高と青年期を過ごした街でもあり、
その縁から新幹線口には「キャプテンハーロック」と「鉄郎&メーテル」の銅像が置かれています。
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9年ぶりの九州上陸。
最初は門司港駅に行こうと思いましたが、始発まで結構時間がある。
5時23分発の博多行きの特急「きらめき」に乗って、
折尾から筑豊本線に乗車するプランに変更。
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今回唯一の乗車となったハイパーサルーン783系。
JR九州になってからの最初の新造特急車で、
デッキを車両中央部に配置して、
車両の前後で客席を分けるスタイルが独特です。

折尾駅では、「接続案内的にはムリ」な乗り換えをやってのけて、
筑豊本線初乗車となります。

一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑦ 梅津寺駅の夕焼けも絶品でした

足まかせ旅日記
11 /17 2020
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下灘に勝るとも劣らず


今回は梅津寺駅の目の前のビーチでの夕陽の写真だらけ。

ビーチに陣取って撮影を続けたので、
夕陽と伊予鉄をセットにしたアングルはなし。
電車が行き来する度に振り返って撮影はしていたんですが・・
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絶望的に「下半身」が写らない。
さらに日没時間が迫ってくるに従って、ある致命的な問題も生じます。
そちらについては後ほど・・・

最初のうちは上空に雲は多かったですが、西の方にどんどん流れていったので、
日没時には雲のない状態になりました‥少なくとも「上空は」
それまでは、むしろ雲間から差し込む日差しが波間に映えていい写真が撮れました。
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行き交う船もシルエットが強くなってきます。

防波堤が夕焼け色に染まってきました。
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上空の雲に暫し隠れていた夕陽もいよいよ顔を見せ始める
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となれば、夕陽に染まる伊予鉄の電車というのも絵になりそうなものですが・・・
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電車がもともとオレンジ色っ!!

伊予鉄で一編成だけある、車体帯以外は無塗装の
3000系第2編成ならばステンレス車体の夕映えが撮れたでしょうが、
この時間は古町の車庫でオヤスミしてました。

いよいよ日没タイム。
まずはスマホで撮った写真から。
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下灘でもそうでしたが、スマホの方が色彩のコントラストが鮮明な感じです。

デジカメだとこんな感じ
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これは、まぁよかったんですが、他の写真は光輪が出来てしまいあまり上手くいかなかった。

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ただ、紅色に染まる空はデジカメの方が良く撮れています。

惜しかったのは最後に水平線の雲の向こうに沈んでしまったので、
海面に夕陽がにじむ、「だるま夕陽」にはならなかったこと。
今回も次回への課題が残ってしまったという感じですが、
その日の天気によっていろんな表情の夕暮れ時があるので、
その時のベストの写真が撮れればヨシとしましょう。

縦長サイズでの、スマホとデジカメのベストショット一枚ずつ。
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瀬戸内の穏やかな夕暮れ時の雰囲気は出せたかなと思います。

陽が沈んで船の姿も完全なシルエットに。
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「東京ラブストーリー」ロケ地の看板の字も読めない暗さに。
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暗くなりきる前に、梅津寺駅から再び松山市駅へ。
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次は前回訪問しなかった道後温泉です。
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全面修復中じゃなくて良かった

一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑥ 嗚呼憧れの松山「鍋焼きうどん」

足まかせ旅日記
11 /16 2020
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下灘ではありません、梅津寺です。

昨年デビューの2700系は全席にコンセントがつくなど、
設備面も最新で、振り子式だけど居住性も良い。
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2700系の前に製造された2600系は、土讃線での走行での支障が見つかり、
2編成4両のみの製造に終わり代わって2700系が量産されたわけですが、
2600系の方は昨年5月に高徳線の「うずしお」で乗車しています。
あのときは徹夜明けの夕方の乗車で、完全にウトウト状態だった。

高知駅の「かつおたたき弁当」は販売個数が少なく、
「保冷剤入り」ということも含めレアな駅弁で有名なんですが、
なんとホームの駅弁売り場で販売してました。
が・・・朝食をたらふく食べた私の胃袋にこれはキツイ。
何が勿体ないって、満腹な胃袋に食べ物を
無理やり詰め込むことほど勿体ないことはないので、購入は見送り。
これくらいなら・・ということで購入したのは、
これも高知以外ではお目にかかれない、
高知山間部のご馳走「田舎寿司」を購入。
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左からたけのこ、ミョウガ、しいたけ、りゅうきゅう(ハスイモ)、コンニャク(巾着風)と、
とことん山の幸を使い、すし飯も酢ではなく柚子の果汁を使った独特のもの。
それぞれのネタにしっかりと「仕事」がしてあって実に美味かった。

行きと同様に大歩危・小歩危の車窓を堪能。
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大歩危駅で目に留まったのは駅前のスーパーマーケット
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そりゃ地名だけど、「ぼけマート」はないだろう・・
岐阜の銘菓「下呂の香り」に匹敵するネーミングだ。

琴平駅は訪問時にじっくり観察したつもりでしたが、
ホームに船をかたどった手洗い場があるのは気づかなかった。
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「金毘羅舟々追いてに帆かけて♪」からとってるんですね。

11時55分多度津駅到着
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27分の待ち合わせの間、慣れ親しんできた駅前をブラブラ
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前回、車内からブレブレで撮った、
金剛禅総本山少林寺拳法本部の全景を跨線橋から撮影。
ただし、風除けのシールドが邪魔して「くっきり」とまではいかず残念。

これまで2回の訪問が朝方で駅舎を写すにはずっと逆光だったのですが、
今回はようやく適正な光量で撮影できた。
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なお、例の食堂では日替わり定食を提供していましたが、
空腹ではなかったのでパス。

多度津駅、高い天井も特徴です。
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12時22分多度津駅発の「しおかぜ・いしづち」で14時13分松山に到着。
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前回は改札口の写真撮ってなかった。
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こうして出改札のブースが複数ある駅もあまり見かけなくなりました。

伊予鉄の大手町駅まで歩いて行って、一駅だけ乗って松山市駅へ、
そこから銀天街アーケードをブラブラ。
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伊予弁の「三密回避」メッセージは和む

銀天街と並行する脇道にはオシャレな店舗も結構ある
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このビストロ、古い建物を丁寧に使っているのか、
改築でこのようにしたのかわかりませんが、センス良い。

で、念願の「鍋焼きうどん」のお店「アサヒ」に到着
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宇和島には行けませんでしたが、
そちらを訪れていたら、こちらに営業時間に松山にはいなかったので、
これはこれでヨシということです。

店に入ったときは、カップルが一組いただけでしたが、
店内の写真を撮ろうとしているうちに、
ドヤドヤと家族連れ&若い4人組が入ってきて、狭い店内の席が埋まる。
おかげて写真は撮り損ねましたが、木製のテーブルと机、
私が幼いころ地元にもあった蕎麦屋さんの雰囲気そのまま。

そして、待ちに待った「鍋焼きうどん」到着
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蓋つきのアルミの容器、レンゲまでアルミ製です。
讃岐うどんのようなコシがあるわけではないんですが、
甘目の出汁が優しくしみじみとした味わい。
甘辛く煮込んだ牛肉など具だくさんで「しみじみ」だけでなく「賑やかさ」もある。
映画「がんばっていきまっしょい」で知ってから約20年、
ようやく念願かない食べることができました。
でもまだもう一軒、「ことり」の方が残っている。
こちらは次回、宇和島行きとセットで宿願果たしたいものです。

日没近くになって、松山市駅から高浜線に乗って、梅津寺駅で下車。
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まだ少し陽が高いですが、「坊ちゃん列車」が保存されている公園は閉まっていたし、
みきゃんパークの方も、店内ざっと見ただけで終わる程度だったので、
浜辺に出て夕陽タイムまでのんびり過ごすことに。
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みきゃんパークにも「愛媛ミカンジュースの蛇口」があったんですが、
今回はジョッキ一杯飲み干すほど喉も乾いていないのでパス。

雲は多少出ていましたが天気が良いので、陽光の煌きが美しい。
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結婚式の撮影(?)も浜辺でやっていたけど、
潮風の中、結構長い時間いろんなポーズ撮ってた。
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浜辺のすぐ脇を伊予鉄の電車が頻繁に行き来しますが、
防波堤があるので全景写せるわけではないのが残念。
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その代わり、瀬戸内を行き交うフェリーや貨物船の姿は画になる
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雲間から太陽が顔を出したり引っ込んだりしながら、
少しずつ夕暮れ時が迫ってきます。
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次回、その夕焼けの様子を、デジカメ、スマホの両方の撮影でたっぷりと


パク・セワン:映画出演2題② ミュージカル映画「人生は美しい」は12月公開

パク・セワン(박세완):期待の新進女優
11 /15 2020
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20代後半になったけど、まだ学生役が似合う

セワンさん出演の「盗掘」が現在公開中ですが、
もう1本、12月公開の「人生は楽しい」というミュージカル映画にも出演しています。
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こちらの方もポスターには登場せずですが、
主演のヨム・ジョンアさん演じるセヨンの青春期を演じるという重要な役どころ。
しかも、ストーリーが夫のジンボンリュ・スンリョン)とともに、
「彼女の初恋を探す」というものなので、
回想シーンとしてセワンさんの登場が多くなると思われます。

予告動画はこちら

ハッピーな気持ちになれそうなミュージカルであるとともに、
映像の美しさを堪能できそうな映画です。

なお、セヨンの初恋相手役チョンウを演じるのはオン・ソンウくん。
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2人によるダンスシーンもあります。
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11日には制作発表会に出席
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主演のヨム・ジョンアさんは、2018年の大ヒットドラマ「SKYキャッスル」の主演で、
2007年には百想の映画部門での最優秀演技賞を受賞している、
実績も実力も十分なトップ女優です。
その回想シーンをセワンさんが演じるわけですから、
「盗掘」での助演に続いて、この映画でもその演技に注目が集まりそうです。
また主演男優のリュ・スンリョンさんは、
何と言っても2013年の映画「七番房の奇跡」の主演として名高い。

この日の本革のコートってファッションは
セワンとしては珍しいいでたち。
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14日は「盗掘」の舞台挨拶に出席
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制作発表会では呼ばれなかったけど、
上映開始以降、その演技に注目が集まったということもあって、
今回は出席ということになったのかな?それなら嬉しいけど。

一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)⑤ 月と龍馬と桂浜

足まかせ旅日記
11 /15 2020
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高知で生き残る名鉄美濃町線の2両

ホテルに投宿し、すこし休憩してから、
また路面電車に乗ってはりまや橋交差点へ。
この乗車でとさでん完全乗車達成。

で、丁度やってきた桂浜行きのバスに揺られて約30分。
すっかり陽も落ちて、人もまばら‥というか全くいない桂浜に到着。
(そもそも途中からバスの乗客も私一人だった)
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バス停の周辺はお土産屋さんが立ち並んでいますが、
これでもか!ってくらいに「龍馬推し」
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「龍馬の店」はまだわかるとして、「龍馬専門店」ってのは何の専門なんだ?

何ゆえに暗くなってから桂浜に向かったのかと言えば、
この日の月齢が満月に近かったから。
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これこの通り、まん丸いお月様がぽっかりと浮かんでいました。

桂浜と言えば太平洋を遠望する坂本龍馬の銅像で有名ですが、
もう一つ有名なのが、名月。
「日本百名月」にも選ばれており、
よさこい節にも「月の名所は桂浜」という一節があります。

波間に光る月明かりをカメラに収めるには少し中空に上り過ぎていましたが、
なんとか月光に照らされる波も写すことができました。
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こちらは坂本龍馬像
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対面するのは信州大学に合格した翌日の早朝以来で35年ぶり。

龍馬像は太平洋に向いて立っているので、
構図的に月と一緒に収めようとすると、像を背後から撮るしかない。
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かなり無理がありますが、「月と龍馬と桂浜」の一枚。

桂浜滞在約50分。乗って来たバスの折り返し便に、
また「たった一人の乗客」として乗り込んで、高知市街に戻る。
バス代の若干の節約と、フリー切符の最大限の活用ということで、
桟橋車庫前停留所から桟橋線に乗り換えて、
はりまや橋の一つ先、蓮池町停留所で下車。
時間は夜8時過ぎ。
多度津駅の食堂で朝飯食べてから何も食べてないことにようやく気付き、
高知イチの繁華街で晩飯を食べることに。
で、空腹が過ぎたせいか、さほど吟味せずに一軒の活魚料理店に入る。
店内の水槽では高知以外ではあまり食さないウツボがお迎え。
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で、くじら定食も魅力的だったけど、うつぼの唐揚げをチョイス。
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すんげー淡泊な味わいでした。
さすがにこれだけは物足りないので、カツオのタタキ・・ではなく、
これまた高知以外であまりお目にかからないカツオの腹身を注文。
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こちらのほうが脂ものっていて私好みだったかな。
食後は繁華街を「ブラブラ」だけして、どこにも寄らずに、
最後のフリー切符利用でホテルに戻り、即座に寝る。

翌日の予定は、朝8時20分高知発の特急「しまんと」に乗って
窪川で予土線に乗り換えて、宇和島で長めに時間を過ごして、
下灘の夕陽を再び眺め、松山市街で夕食をとって、
夜10時のフェリーで小倉に向かいというプランだったんですが・・・

寝過ごしました!

寝過ごしたといっても8時ちょい過ぎだったんですが、
ホテルから高知駅までの所要時間を考えると間に合わない。

止む無く宇和島はあきらめ予定変更するとして、
まずはこのホテルをチョイスした最大の理由・・・朝食バイキングへ
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和洋のメニューも豊富で、どれも丁寧に調理されていて、
しかも高知の特産、名物もいっぱいあって、
出来ることなら全部食べたいけど、それが無理なくらい品数があった。
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テンションが上がり過ぎたせいか、カメラアングル失敗してるし・・
デザートも種類豊富だったんですが、メインだけで満足してしまって、
取りにいくの忘れてしまった・・・。
高知に来たら、またここに泊まろう。外観は少しくたびれているけど、
従業員の接客も含め、いいホテルでした。
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食後の運動もかねて、チェックアウト後ははりまや橋まで回り道しながら散歩。
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お城を背後に県庁がある・・県庁所在地が城下町である場合によくある立地ですが、
高知県の場合は県庁だけでなく市役所も隣接しています。

高知城は「現存12天守」の一つ
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(四国には12のうち4つあるんだから、地域別では一番多い
中国・四国地方でまとめると半数の6つということになります)

また、追手門と天守がどちらも江戸期(以前も含む)のものというのは、
全国で高知城と丸亀城、弘前城の3つのみ。
天守と本丸御殿が現存しているのは高知城のみだそうです。
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そんなわけで城内の15棟の建造物が国の重要文化財に指定されていますが、
戦前は現在の重要文化財に相当する国宝扱いでした。
現在も、追手門の入り口には当時の「国宝」の標柱が立っていて、
訪れる人を「勘違い」させる役割を果たしていますw
(あれ、絶対にそうした見栄で撤去しなかったんだと思う)

藩主の銅像はやはり藩祖である山内一豊。
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追手門から城内に入ると、妻千代の像もあるんですが、
今回は城内には入らず(時間がなかった)。

土佐女子校、県立高知追手前高の横を通って、
繁華街、帯屋町アーケードへ。
その途中にあるのが「ひろめ市場」
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観光客のみならず高知県の酒飲みが集まる、
いわば「酒飲みのフードコート」
さすがに来た時間が早すぎました。

長野市と人口規模が同程度なのに、アーケード街が元気なのは羨ましい。
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「日本の三大がっかり名所」としても有名なはりまや橋。
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復元された赤い欄干の橋は、35年前に来たときはなかった。

でも周辺が公園として整備されていて、遊歩道的な気分も味わえます。
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はりまや橋停留所から高知駅前までは最後のとさでん乗車。
2両しかない旧名鉄美濃町線の590形がやってきました。
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反対側に停まっているのは、やはり2両しか在籍していない、
車体は1981年新造ながらも、台車や主制御器を西鉄331形から流用した1000形。
これで不定期運用の外国製車両3両、7形「維新号」と、
1000形ハートラム以外は全部乗車&遭遇した。

590形は車体番号が名鉄時代の特徴的なロゴじゃなくなっているのは残念だけど、
車体の色や、車内は美濃町線で走っていた頃の雰囲気を残しているのが嬉しい。
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伊野線の道路幅が狭い単線の区間でその姿を見ることができたら、
よりいっそう美濃町線の雰囲気を味わうことができたと思うと、それが少し残念。

それにしても高知駅の外観は県庁所在地の新設高架駅の中でもデザインが秀逸。
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駅周辺に高いビルがないことも景観上良い。

そして駅前広場には「土佐の三傑(?)」
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武市半平太以外は土佐を見限っているんだけどなぁ・・
その意味では薩摩や長州、肥前佐賀の「維新の傑人」とは意味合いが少し異なる。
ある意味、あまりも「司馬遼太郎」の作品世界観すぎる人選とでも言いましょうか・・・
まぁ、龍馬の隣に板垣退助並べても違和感あるだろうし、山内容堂ではバランス悪い。
また、実は「四天王」だけど吉村寅太郎では知名度が低い・・・‥妥当な人選か。

予定は大幅に変更となって10時13分発の「南風」に乗車
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寝過ごしたおかげてJR四国最新の振り子式気動車2700系に乗れたから、まぁいいか。

次回は、また多度津駅で乗り換えて、予讃線で松山駅に向かいます。
宇和島はパスしちゃいましたが、そのおかげで、
当初予定ではパスした「鍋焼きうどん」に出会えました。
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パク・セワン:映画出演2題① イ・ジェフン主演「盗掘」公開中

パク・セワン(박세완):期待の新進女優
11 /14 2020
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今秋のセワンさんは映画女優だ

2019年初頭に「オンニ」で商業映画初出演を果たしたパク・セワンさん。
今年の秋から冬にかけては立て続けに2本の商業映画に出演。

まず1作目は現在公開中で、今月4日の上演初日から、
9日まで韓国内の動員実績で1位を続けているヒット作、「盗掘」
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イ・ジェフン、シン・ヘソン、チョ・ウジン、イ・ウォニが主演の、
韓国版「インディージョーンズ」とも言うべき作品。
セワンさんはポスターには出ていませんが盗掘団の一味ヘリ役で出演。

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なんとなくですが、日本で言えば木南晴夏さんのような役どころ(何の映画でだ?)



予告編でもちょこっと出ていますが、
なかなかコミカルな役どころでセワンさんの魅力を十分に発揮していそう。
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余談ですが、映画の冒頭のシーンで登場する
ソウル市江南の宣陵は行ったことあるぞ。
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テンポの良い冒険活劇のようで、これは是非見てみたい映画です。
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それはそうとして対馬から盗みだした仏像はちゃんと返せよ

一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)④ とさでん完乗記(後編)

足まかせ旅日記
11 /14 2020
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先々代都電カラー

土讃線伊野駅は高知平野の西の端っこ。
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伊野駅は大正13年開業で、
改装を経てはいるものの当時の姿を留めている木造駅舎です。
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駅のある吾川郡いの町は、土佐和紙の生産で有名なところ。
石鎚山に水源をもつ四国第3の河川、仁淀川が町内を流れています。
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駅前の通りと国道33号の交差点を越えたすぐ先にとさでん伊野線の伊野駅前停留所があり、
2車線の道路の端っこを路面電車が走っています。
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伊野線の終着駅、伊野停留所はすぐ目の前。
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ここの駅間も100メートルあるかないか程度です。

平成20年には立派な待合室ができて、終着駅らしくなっています。
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ここから伊野線初乗車の旅スタート。
伊野駅前停留所から先、しばらく併用軌道走り、
国道33号と合流すると、道路と区分が曖昧な単線の専用軌道上を走ります。
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単線区間で電車の行き違いがあるわけですが、
現在路面電車では日本で唯一、タブレット閉塞が行われている区間です。
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伊野方面からだと最初のタブレット交換場所は、
停留所ではなく信号所となっています。
(実際には信号はないので、行き違い場所と呼ばれています)

しばらくJR土讃線とつかず離れずで並走し、宇治団地前と咥内(こうない)の間で、
土讃線をアンダークロスして、いの町から高知市に入ります。
朝倉駅前の交差点を跨いだ先、
朝倉駅前停留所から「ギリギリ2車線」の狭い併用軌道に入ります。
ここで一旦途中下車して、行き来する車両の撮影。
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路面電車の軌道込みでかろうじて2車線という感じです。
右の建物は高知大学の朝倉キャンパスです。

朝倉駅前停留所はホームは設置されておらず、
白線で乗降場所が区分されているだけ。
はりまや橋方面からやってきたのは、200形の旧塗装復刻車。
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この塗装は東京都電のクリーム色塗装の前のカラーと同じです。
しかも200形は都電6000形のコポー車両なので、
全盛時の都電の雰囲気を令和の時代に懐古できる車両となっています。

次に来たのは信号所ですれ違った元山陽電軌の800形
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同じく山陽電軌から来た700形と製造年が一年違うだけで、
台車が異なる以外は外見的にも大差のない車両です。

なかなか見れない土讃線との2ショット。
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一つ先、朝倉停留所で二度目のタブレット交換
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ここから鏡川を渡り再び国道33号と合流するまでの区間が、
狭い道での併用軌道が続き、乗っていて一番楽しい区間です。

鏡川を渡って鏡川橋停留所からは本数も増え、
高知市を横断する広いメインストリートを走行します。
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坂本龍馬生誕地の近く、上町一丁目停留所で下車。
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停留所には高知出身の漫画家西原理恵子さんの案内イラストがあります。
そして、その言葉通り、生誕地跡は地味。
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メインストリートに面しているので史跡としては拡張のしようがないんでしょうね。
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かわりと言っては何ですが、1本南に入った筋に、
高知市立の「龍馬の生まれたまち記念館」があります。
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中には入ってみましたが、グッズ関係で食指が動いたものはなかった。
熱烈な龍馬ファンには申し訳ないが、
龍馬の名言ってグッズにするとどこか「中二病」っぽい。

とは言え、この辺りが龍馬が生まれ育った場所と思えば、
「竜馬がゆく」の愛読者としてはやはり感慨深い。
近くには竜馬も通った日根野道場跡や、
ともに亀山社中を興した近藤長次郎生誕地があったりと、
幕末の土佐の息吹に思いを馳せることが出来る場所です。
そんな感慨を持ちながら眺める鏡川の夕陽も良いものです。
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暗くなる前に一つ手前の上町二丁目停留所に戻り、
歩いて行ける距離でありながら、未乗にしたくないので、
3駅先のグランド通停留所まで乗車。
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乗れなかった3両しかない2000形。
外見は新しい車両ですが機材流用車なので吊り掛け駆動です。

平日夕方のラッシュ時ですので本数が多い。
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「ごめん」のでっかい行き先表示が「とさでんの味」です。

停留所の背後に見えるでっかい建物が、
高知県で初宿泊となるオリエントホテル高知。
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部屋はシンプルなビジネスホテルスタイルで、
建物全般が古びた感じで匂いもやや気になりましたが、
ここの朝食(ビュッフェスタイル)は素晴らしかった。

まだ、グランド通~はりまや橋の4停留所分が未乗で、
そちらはこの後「制覇」しますが、
その前に、今回撮った「とさでん」動画集。


①後免町停留所~後免中町停留所(車内走行音)
②一条橋停留所通過~清和学園前停留所(運転室前景)
③一条橋停留所~清和学園前停留所電車通過風景
④はりまや橋ジャンクション風景
⑤朝倉駅前停留所風景
⑥桟橋車庫前停留所電車接近音

次回は夜の桂浜・・「月と龍馬と桂浜」です。
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一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)③ とさでん完乗記(前編)

足まかせ旅日記
11 /13 2020
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ひっそり終着駅(その1)

後免町駅でとさでんの一日フリー切符(1000円)を購入
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路線図を見ていただくとわかる通り、結構長大な路線です。
路線長で言うと、広島電鉄の宮島線を除いた総延長が19.0キロなのに対し、
とさでんは伊野線、御免線、桟橋線の合計が25.3キロで、
現在、日本で一番の総延長距離を持つ路面電車です。

後免町停留所はローソンが併設されています。
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とさでんは車種もバラエティに富んでいますが、
最初に乗ったのは3両だけ在籍する、
元山陽電気軌道(下関市、1971年廃止)の700形。
1958年製造で、現存する全国の路面電車の中でも古株の部類に入ります。
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駆動方式はもちろん吊り掛け駆動で、加速時の唸る音が心地よい。

狭い道幅の併用軌道と、道路と並行して走る専用軌道の区間を進み、
清和学園前停留所で途中下車。
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周囲は田園風景が広がる長閑な場所ですが、
鉄道ファンにとっては結構有名な場所です。
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橋の向こうに同じようなホームと日除けの屋根が見えます。

路面電車やバスでよくある上下線のホームが分離されているのではなく、
橋の向こうは別の停留所「一条橋」です。
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2駅間の距離は僅か84メートル。
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63メートルという説もあります(現地に立った感覚としてはこちらが近い)

一般鉄道だと最短でも200メートル。
路面電車だと100メートル程度の駅間のところは他にもありますが、
さすがに100メートル未満なのは全国でもここだけ。
こちらが一条橋停留所から見た清和学園前停留所。
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なんでこんなに近い位置に駅があるかというと、
この近くに高知市中心部から清和学園(女子中・高)が移転してきて、
通学の利便性のために停留所が昭和60年に作られたから。
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こちらが、その清和学園。

新停留所が出来た時に元からある
一条橋停留所については廃止されそうになったのですが、
地域住民の要望で残されることになりました。
運転手研修用の試運転車両が両停留所に停まってくれたので、
それを真ん中の位置で動画に収めました。
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※動画については後編で他のとさでん動画とまとめてアップします。

ちなみに、完乗も目的なので、清和学園停留所で降りて、
徒歩で一条橋停留所に戻りましたが、
清和学園停留所で降りるための「降車ボタン」を、
一条橋停留所過ぎたら「速攻」で押さないとタイミング逃します。

一条橋停留所から完乗の続き。
次に来たのは14両在籍ととさでんで2番目に多い在籍車両である200形。
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205号はその中でも車歴が古い1950年製。
当時全国に出現した東京都電6000形のコピー車両です。

乗降口が両側とも車端部に設置され、
ロングシートが運転室以外の車長一杯に広がっているのが特徴。
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知寄町三丁目停留場からは車幅の広い道路の真ん中を走行し、
都市部の路面電車の雰囲気になります。
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デンテツターミナルビル前停留所とはりまや橋停留所の間で、
桟橋線と平面交差し、はりまや橋停留所からは伊野線になります。
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日中はそれぞれに直進する系統がほとんどですが、
ラッシュ時にはそれぞれの方向に乗り入れる系統も多くあり、
平日の午前8時10分前後には4方向の分岐線の内、
3方向同時に分岐線上に車両が揃う瞬間を見られることもあるそうです。
※今回は見ることは出来ませんでした。

ここで一旦下車して、桟橋線の桟橋5丁目停留所を目指します。
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やってきたのはとさでん最大勢力、29両在籍の200形で、
1957年から64年に製造されました。
そのうち601~621号は自社製で半鋼製車。
622~631号はナニワ工機製造で全鋼製車となっています。

乗ったのは610号なので、車内は一部木製。
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運転席側の乗降扉が二枚戸だけど折戸でなく引戸なのも特徴
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片側3車線の大きな桟橋通を直進し、
鏡川を渡って車庫のある桟橋車庫前停留所の先の交差点で道路から離れ、
終点の桟橋通5丁目に到着。
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停留所のすぐ横の壁は防波堤で、
防波堤の向こうは高知港の一番奥まった部分になります。
かっては線路だけの「何にもない」終着駅だったようですが、
平成21年に低床ホームと屋根が作られて停留所らしい姿になりました。

このまますぐに折り返して、はりまや橋を越えて高知駅前停留所へ。
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JR高知駅の高架化に関連する駅前広場の再開発で、
高知駅の1階部分に隣接する場所まで接近しました。
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30数年前に訪れた時の高知駅は地上駅でしたが、
平成20年に高架化され2面4線のホームになりました。
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特徴的なのはホーム中央部に設置されたホーム部分全体を覆う木製の大屋根
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県産の杉が使われ、「くじらドーム」の愛称がつけられています。

とさでん伊野線の乗車は土讃線で伊野駅まで出て、
そこから高知市中心部に向かう行程にしました。

伊野停留所も「ひっそり終着駅」(その2)でした。
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一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)②ごめん・なはり線初乗車

足まかせ旅日記
11 /12 2020
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煌めく土佐の黒潮

後免駅やってきたのは高知駅始発の土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線奈半利行き。
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車内は一列のクロスシートと、窓側の補助席という窮屈な感じ。
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なぜこうなっているかというと、
海側がまるごとオープンスタイルの展望デッキになっているから。
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ごめん・なはり線は、昭和49年に廃止された
土佐電気鉄道(現、とさでん交通)の安芸線のルートを通りながら、
安芸の先、室戸半島の付け根、奈半利駅までの42.7キロの路線。
もともとは国鉄時代の徳島県の牟岐駅と後免駅を結ぶ計画線、阿佐線の一部で、
鉄建公団によって途中まで建設され凍結されていたものを、
第3セクターの土佐くろしお鉄道が引き継ぎ、平成14年(2002年)に開通したもの。
同様に高知県の西部では、国鉄中村線と未成線だった中村から先の宿毛線が、
四万十くろしおラインとして土佐くろしお鉄道に引き継がれています。
また阿佐線の徳島県側は阿波海南~甲浦が
第3セクターの阿佐海岸鉄道阿佐東線となっています。
(デュアル・モード・ビークル導入のため、
阿波海南~海部が今年になってJRから編入されています)


ごめん・なはり線は鉄建公団による昭和末期の建設路線なので、
踏切はなく、その多くが高架線になっているため、
展望デッキからの眺めは遮るものものも殆どなく絶景の連続。
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物部川を越え、香南市に入り、赤岡駅の先から海岸線に沿って走り、
南国市にある高知龍馬空港に離発着する飛行機の姿も車窓に見えます。
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最初の海岸線に沿う区間は赤岡駅から夜須駅の間
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夜須駅で岬をトンネルでショートカットして、西分~和食~赤野の3駅の間が、
砂浜が続く区間で、太平洋の水平線が果てしなく広がります。


この先もいくつかの岬を大小のトンネルでショートカットしていきます。
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オープンデッキにいるとトンネルを通過するときの風圧はさすがに凄い。
帽子被っていたら軽く飛んでいってしまいそうです。

なお、ごめん・なはり線の各駅には
やなせたかし氏イラストの駅キャラクターがいます。
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ひねりのないシンプルさがむしろやなせさんらしくていいかも?

展望デッキだと列車交換の距離も近い
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安芸漁港の防波堤は自称「日本一高い」16メートル。
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太平洋に面しているだけに台風などの高波も凄いし、
将来起こりうる南海トラフ地震でも大津波に襲われる可能性があるエリアですので、
これくらいの用心はもちろん必要。
防波堤だけでなく、集落ごとに津波の時の避難所が設けられていました。
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阪神タイガースのキャンプ地としても有名な安芸市を過ぎても、
まだまだ広大な太平洋の眺めが続きます。
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河口近くの川を渡る風景もいいものです。
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10時39分後免駅発の「しんたろう」号は、12時1分に奈半利駅の到着
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遠くに見える岬は、室戸岬・・ではなく、
この岬の先、さらにもう一つ岬を越えたところが室戸岬です。

奈半利駅のある場所は安芸郡奈半利町。
いかにも黒潮洗う南国の街っぽい風景です。
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奈半利町から谷あいにはいったところが、北川村で、
坂本龍馬とともに薩長同盟に奔走した中岡慎太郎の生家があるところ。
そこからこの列車の「しんたろう」号は命名されています。
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ごめん・なはり線には色違いの展望デッキ付き車両がもう1本あって、
こちらは安芸市井ノ口生まれで三菱の創始者、
岩崎弥太郎からとって「やたろう」号です。

奈半利駅では僅か5分の滞在で、「しんたろう」号で折り返し。
往路は展望デッキでずっと立ちっぱなしだったので、
復路は室内からの車窓を楽しむことに。
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これはこれで悪くはない。

途中、安芸駅に12時33分に到着。ここで17分の停車時間。
街をブラブラするには中途半端だし食事がとれる時間でもないので、
2分後に出発する安芸駅始発の快速に乗り換え。
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土佐くろしお鉄道の車両の多くは土讃線に乗り入れ高知駅まで直通していますが、
JR四国の車両も一部ごめん・なはり線に乗り入れています。
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13時5分、後免駅の一つ手前、後免町駅で下車。
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「ごめん」駅の次の駅なので、やなせ氏により
「ありがとう」駅という愛称が与えられています。
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ごめん・なはり線の高架駅から見下ろすと、
とさでんの後免町駅が見えます。
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「路面電車の駅のジオラマ」にそのまま転用できそうな風景です。


ここからは「とさでん」初乗車&全路線完乗の旅です。
もちろん日本一駅間距離が短い一条橋~清和学園前では途中下車します。
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一か月ぶりの四国&9年ぶりの九州(3泊6日)① 多度津駅の「食堂」の朝食と出会う

足まかせ旅日記
11 /11 2020
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宇多津駅で「しまんと」「南風」の「合体」

久々の深夜バス。
「密」の心配もありましたが、
一週間前に予約したときにガラ空きだったのは確認済。
仕事終わってから一度家に戻って、
23時05分権堂バス停発の長電高速バスに乗り込む。
気兼ねなく席を後ろに倒せるトイレ前の席を予約しましたが、
そんなこと気にしなくていいくらいに空いていました。

最初の勝負は翌朝の京都駅八条口。
定刻に到着すると、乗りたい快速の乗り換え時間が僅か4分で、
これはさすがにムリ。
ただし、深夜バスはよく少し早く着くことがあるので、
それに賭けることに。
もし、定刻通りならば四国に上陸する乗り継ぎが1本遅れてしまい、
途中下車を予定している駅での滞在時間が短くなるという違いが出ます。

結果、バスは定刻より3分ほど早く到着。
八条口でもやや遠いところにバスは停まりましたが、
7分であれば乗り換えは楽勝。
無事に5時21分京都発の快速に乗れ、
今回も実家、茨木をスルーして新大阪駅で山陽新韓背に乗り換え。
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「みずほ」は全指定なので、こちらはパスして、
6時6分新大阪始発の「ひかり」博多行きに乗車。
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岡山到着は7時2分、6分の乗り換えで7時8分発の高知行き「南風」に乗車。
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この日はサンライズが30分以上遅れていたそうで、
「瀬戸」もちょっと前に出発していったようです。
なお、この日もデミカツサンドは購入できず。

ピーカンの晴天の中、瀬戸大橋を通過。
東側は太陽光が眩しすぎるので、西側の席に座って四国入り。
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2000系気動車は最後部からの展望も良い
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宇多津駅で、高松発の2両編成「しまんと」を併結して5両編成となって出発。
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「南風・しまんと」は香川県内では停車駅が多く、
坂出・宇多津・丸亀・多度津・善通寺・琴平と、
特急ならぬ「隔駅停車」みたいな停まり方。

今回の四国巡りは、「四国満喫きっぷスペシャル」を利用。
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土・日のうち一日被る3日間の有効期間。
私の利用日は木・金の2日間でしたが、
利用しない土曜日まで有効期間があるので、使うことが出来ました。
3日のうち2日でもモトは取れますし、
駅構内のキオスク(セブンイレブン)で使える
1000円分の商品券もオマケでついてきてとってもお得。

今回の最初の下車駅は土讃線善通寺駅。
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駅全体が朝の光に照らされています
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ホーム2面両方とも立派な木組みの上屋付き
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そして跨線橋も風格ある木製
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ホーム上屋も跨線橋も国の登録有形文化財。

善通寺駅はお隣の琴平駅とともに、
JR四国の駅舎で2つだけ国の登録有形文化財に登録されています。
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改装は経ていますが、開業時の明治22年からの建物が残っており、
全国でも数少ない明治20年代から現存する駅舎となっています。

豪奢な車寄せは大正11年の陸軍大演習の際に増築されたもの。
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正面の駅名標が以前の琴平駅もそうであった、
独特の赤い派手なもののままなのが嬉しい。

駅舎内は特に古さを感じさせるものではない
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JR四国のキオスクはほぼ全店舗(多分)がセブンイレブンと提携しています。

京都駅での乗り換えがスムーズにいかなかったら
善通寺駅での滞在時間が6分だけになるとこでしたが、
倍の12分間も駅で過ごせて、各駅停車で多度津駅に戻る。
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多度津駅では31分の待ち時間で、
前回訪れた時に気になっていたJR職員用らしき食堂に入る。
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中は簡素な町の食堂風
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入口のところの皿に盛りつけられたオカズが並んでいて、
それを取って、ご飯と味噌汁をよそって貰い、
380円払って頂く「朝定食」
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シンプルだけど、コスパ抜群です。

多度津駅からは併結ナシの「しまんと」2両編成に乗車。
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讃岐平野から山間部へ入っていき、
県境を越え、全国でも屈指の秘境駅、坪尻駅を過ぎ、
吉野川を渡って佃駅で徳島線と合流。
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佃駅から先は約30年ぶりの乗車となりますし、
過去3回乗ったうち2回は夜行で、
残り1回は徹夜明けで車内で寝ていたので風景の記憶がない。
大歩危・小歩危の線路沿いの渓谷美は素晴らしかった。
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大歩危駅で途中下車して渓谷巡りするのも楽しそうだ。
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大歩危から先、吉野川と別れ、
分水嶺を越えて、土佐山田駅で列車交換のため数分停車。
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土佐山田駅のある香美市は「アンパンマン」の作者、
やなせたかし氏の父親の実家という縁だけなんですが、
駅全体が「アンパンマン」推し。
やなせ氏本人との縁が深いのはどちらかと言えば、次の停車駅である後免駅。
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やなせ氏はこの後免町(現、南国市)で小学校時代を過ごしています。

後免駅で土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線に乗り換えで、
未乗区間である奈半利駅まで往復乗車。
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ごめん・なはり線の各駅にはやなせ氏デザインの駅マスコットが描かれています。

後免駅にはやなせ氏作の後免駅を題材にした詩碑もあります。
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パッと見るとなにやら「電波系」な雰囲気もあります。

ここからはごめん・なはり線の観光列車
「しんたろう」号に乗って太平洋の眺望を満喫します。
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富山で紅葉と夕焼けと日の出を見る⑦ 万葉線の「ドラえもん」トラムと国宝瑞龍寺

足まかせ旅日記
11 /10 2020
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3度目でやっと(ちゃんと)出会えた


高岡駅に着くと、万葉線のホームに古株のデ7070形が停車中。
時刻表を見ると、次にやってくるのは「ドラえもん」トラムということで、
新高岡駅からの新幹線乗車の前に、そちらの撮影に時間をとることに。

まずはデ7070形の高岡駅からの出発シーン
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ホームからU字状の専用軌道を抜けて
単線の併用軌道に入っていく姿が路面電車然としていて良い。

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駅前の商店街に沿って走行して、
次の停留所「末広町」の先で右に直角カーブ
そこからしばらく国道156号の併用軌道を走ります。
そのカーブで「ドラえもん」トラムがやってくるのを待ち構えることに。
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最初に万葉線に乗ったときは途中ですれ違っただけ、
2度目の時は出会えませんでした。
3度目でようやくちゃんとカメラに収めることが出来ました。

末広町電停の手前で少し傾斜がついていて、見上げるアングルも良い。
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高岡駅に着いて短い停車時間で折り返しの出発。
こちらは歩いて高岡駅の交差点まで戻りましたが、それでも余裕で間に合う。
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この「ドラえもん」トラム、車体におっきくキャラを描くのではなく、
車体の色で「ドラえもん」を表していて、
ドアが「どこでもドア」と同じ色調になっている。
そして窓のところにホワイト線画で登場キャラクターを描く。
この控えめでアクセントの効いたデザインが、
むしろセンスの良さを感じさせます。
(ドラえもんの鈴だけは窓枠の下のボディにちゃんと書いてあるのもオツ)


高岡駅の自由通路から見える車庫は今や全国でも珍しいキハ40の巣窟。
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高岡は「ドラえもん」だけでなく、地元PRキャラクターとして、
高岡大仏をキャラ化した「あみたん」もいます。
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高岡駅と新高岡駅を結ぶ大通りの途中にあるのが、
加賀藩2代藩主前田利長の菩提を弔うために三代藩主利常が建立した高岡山瑞龍寺
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山門、仏堂、法堂が富山県で唯一の国宝に指定されています。
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また仏堂を囲む回廊に位置する大庫裡、禅堂、大茶室、
および山門の外側にある総門が国の重要文化財に指定されています。
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新幹線の時間まであまり時間がなく、慌ただしい拝観となりましたが、
次来るときはもう少しゆっくり時間を過ごしたい場所でした。

参道でレアなお菓子の自動販売機発見
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ここから歩いて行くと新幹線に間に合いそうになかったので、
参道入り口からバスに乗って、結構ギリで新高岡駅に到着。
GOTOクーポンで土産を買って、昼食用に駅弁かって大慌てで「はくたか」に乗車。
購入した駅弁は「ますのすし」で有名な「源」による
「富山湾の幸オンパレード」御膳といった感じ。
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パッケージの内側にイラストでのお品書きつき
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たまにはこうしたバラエティに富んだ駅弁も楽しい。
昼過ぎに長野駅に着いて、今回の旅は終了。

26・27・28日と仕事をして、
28日の夜には夜行バスに乗って次の旅のスタートです。

次回からは「四国&九州北部フリー切符の旅」編です。

富山で紅葉と夕焼けと日の出を見る⑥ 氷見まんがロード散策

足まかせ旅日記
11 /09 2020
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にんにん

午後に長野に戻るにしても、まだ時間はたっぷりあるので、
前回は氷見港近くの道の駅との間をバスで往復しただけの氷見市街を散策。
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湊川(万尾川)にかかる「中の橋」から氷見港にかけてが、
藤子不二雄A先生のキャラクターが彩る「まんがロード」
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その入り口である「中の橋」と復興橋に間にあるのが、「ハットリくんからくり時計」で、
午前9時から一時間ごとに時報替わりに
「忍者ハットリくん」くんのキャラクターが登場します。
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一応動画には録ってみましたが・・地味っちゃ地味かな


むしろ、この復興橋の先で90度に屈曲している周辺の川岸の風景が良かった。
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明治3年創業の醸造業、本川藤由商店の建物も風格がある
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曹洞宗の古刹、光善寺は藤子不二雄A先生の生家で、
小学5年のときに高岡に引っ越すまで住んでいたところ。
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そんな縁から、境内には藤子不二雄Aキャラの石像がズラリ。
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「プロゴルファー猿」だけは似てねー、カッパみたいだ。

プロゴルファー猿はこうでなくっちゃ
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あの独特の擬音の再生が嬉しい

地味にアートギャラリーもあったりしますが、開館時間じゃなかった。
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喪黒福造はバス停に鎮座。
いや、ここで「どーん」はまずくないか?
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氷見漁港にある「ハットリくん」巨大壁画を右に曲がって、
港沿いに氷見駅まで歩いて戻っていきましたが、
湊川の河口の橋を渡った先に広がる漁火ロードの眺めが良い。
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雲が広がってなかったら尚良かったけど・・・

旅館から結構な距離を歩いて氷見駅に到着。
駅裏の自転車置き場のところに「腕木式信号機」が展示保存されてました。
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頭端ホームの先に保存されているので、まるで現役であるかのようです。

帰りも「ハットリくん」ラッピング車両。
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氷見で「ハットリくん」ならば、高岡では「ドラえもん」です。
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富山で紅葉と夕焼けと日の出を見る⑤ 雨晴海岸の日の出・・立山連峰はシルエット

足まかせ旅日記
11 /08 2020
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惜しかった・・・

早朝5時前に起きて、まだ真っ暗な中、氷見駅に向かい、
5時30分発の一番列車に乗って、5時38分雨晴駅に到着
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波打ち際の遊歩道を歩いて、女岩と氷見線を
アングルに収める撮影ポイントに着くころには
空はかなり白んできていました。
そして、すぐに氷見駅への送り込みの回送列車が通過。
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さすがにまだ暗すぎて、車両についてはほとんど写らない。
でも前照灯が、まだ明けやらぬ朝の雰囲気を出していて結構いいかも。

うっすらと立山連峰のシルエットは見えているんですが、、
雲に隠れて、その全容をはっきりと見ることはできなさそう。
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とはいえ、朝日が昇るところはちゃんと見れそうなので、
このまま日の出の時刻まで、行き交うキハ40を撮影しながら待つことに。

次にやってきたのは高岡始発の下り一番列車。
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まだ先頭部分、すなわち「顔」は判別できない暗さ

雨晴駅で高岡行きとの行き違いとなるので、
すぐに先ほどの氷見駅への送り込みが折り返して行きます。
今度はアングルを上にして、光を多めに取り込むことに。
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車両はちゃんと写りましたが、
背景が真っ白になってしまい、風景写真としては大失敗。

ここからは線路はフレームから外して、
刻々と変わる日の出の様子をカメラに収めることに。
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最初は雲間から朝日が覗いて、それが下層の雲を突き抜けた時に、
眩しい光があたり一面を照らし、海面を黄金色に染めました。
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こうして見ると、日没の写真と対して変わらんな。
まぁ方角的に雨晴でこの風景見れるのは日の出の時だけだけど。

6時30分過ぎには日が昇りきり、
このアングルから次の通過列車を撮ると、
強烈な逆光になってしまうので、道の駅の展望デッキへ移動。
6時46分雨晴発の高岡行きを待ちましたが、
この時間帯は編成が長いことを忘れて、望遠で狙ってしまい失敗。
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まぁ、朝日を浴びている雰囲気は出ているか。

立山連峰をバックにしての「完璧な写真」を撮る日は果たしてやってくるのかどうか・・。

7時11分雨晴駅発、氷見行きに乗るべく駅に戻る。
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一応、高岡方面から駅に到着する列車は撮りましたが、案の定の強めの逆光。
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せっかくの「ハットリくん」ラッピングがこのザマです。

順光だと無茶苦茶クリアに写る
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氷見駅に戻ってきたころには、結構雲が出てきていました。
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帰りは一乗車100円の市内循環バスで。
ホテルは停留所の目の前。
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ここの朝食はシンプルながら、干物も味噌汁も美味しかった。
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次回は氷見の街、少しブラブラ。

11/7 マリーンズ最終戦 今季のテンプレのような最終戦の敗北

バファローズ黒星日記(since 2015)
11 /08 2020
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イチから鍛え直せ。武器を生かせるようになって戻ってこい!

今シーズンの最終戦。
相手は「負けられない度」MAXのマリーンズ。
デーゲームでライオンズが6点差を追いついて引き分け、
日曜日の直接対決で待っているだけに尚更です。

そんなマリーンズ相手に先制したのはオリックス。
この日も3番に入った紅林のヒットに続き、
モヤがセンターフェンス直撃のタイムリー2ベース。
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当りとしては完璧で、もう少し角度ついていたらバックスクリーン直撃だった。

弱点らしい弱点もなくなったモヤ。
来季は30本以上打ってくれると確信しています。
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しかし、1点リードなんて先発のバラにとってはなしに等しい。
毎度おなじみの初回先頭打者四球に始まって、
四球だけで満塁のピンチ。
ただし、アウトは全部空振り三振で、
ボールの勢いだけは一級品であることはアピールしてます。
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2回も四球とヒットでピンチを招きましたが、
ここも藤原から空振り三振を奪って凌ぐ。
[Readygo]Image 2020-11-08 02-00-30

3回は四球はなくてヒット1本打たれたのみで落ち着いてきたかと期待しましたが、
4回に再びボールが荒れてヒットと四球で1・2塁のピンチ。
ここでついに藤原に初球を叩かれ、ライトポール際に逆転3ランを浴びる。
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5回も2つの四球とヒットで一死満塁のピンチを作り手の施しようなし。
さらに代わった齋藤も制球定まらず押し出し四球。
[Readygo]Image 2020-11-08 02-00-44
こんなん、捕手が誰であろうとリード出来るわけもない。
ただ、このゲームでも4回にセンターオーバーの長打になりそうな当たりを藤原に好捕され、
その後のチャンスには三振したりと、若月は最後まで「持ってなかった」
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伏見だけでなく頓宮もその打棒で一気に正捕手の一角を占めるようになってきて、
来季、3人の争いがより熾烈なものになれば、チーム的にはプラスになると思う。
三人三様の持ち味が投手とのマッチングで相乗効果を出せば面白いし、
負けられない若月が打撃向上に必死に取り組むことで
全体の底上げにも繋がっていくでしょう。
キャッチャー、センター、サード・・ここはどんどん競争していってもらいたいし、
セカンドとショートは若手がベテラン・中堅を脅かす成長を見せて欲しい。

3点リードされたまま最後までマリーンズの勢いに呑まれたままかと思えば、
そうでもなかったのがこのゲームでのちょっと良かったところ。
7回二中川のヒットの後、Tがレフト線に2ベースを放ち1点詰め寄る。
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3年ぶりの規定打席到達、ホームランも16本とかなり復調。
いろんな打順に回されながらも、安定した出塁率を保ち、
「勝負弱い」と思われながらも得点圏打率は2割9分7厘と、
打率よりも4分も上で、「得点圏にランナーいる方が打って」いて、
「勝負弱さ」という汚名は返上しても良いと思います。
来季こそ完全復活して、もう一度チームを牽引する役割を担って欲しい。
2014年の悔しさを知る者こそ先頭に立たねば。

リリーフ陣も一将、張、K鈴木が踏ん張り追加点を与えず。
一将は3奪三振でマリーンズの勢いを止め、
張は前日の「疑惑のボーク」のイヤなイメージを払しょくする快投。
来季のリリーフ陣も確定と言えるのはヒギンスと山田くらい。
比嘉とディクソンは年齢的なことを考えると一年通してのフル稼働は難しい。
それ以外の6回以降を任せる投手についてはほぼ横一線の競争です。
年棒アップを勝ち取るかどうかも自分の努力と結果次第。
これまでの実績のあるなしに関わらず、
「我こそは」と名乗りを上げる投手が続くことを楽しみにしています。
(特に黒木の復活は待ち遠しい)

最終回も益田相手に欲張りました。
Tの2ベースと四球、犠打で作ったチャンスに、
大下がセンターに強い当たりを放ち犠牲フライに。
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少し上がり過ぎたので犠飛止まりでしたが、
大下は「犠飛でOK」的な打ち方はしてない。
そうしたところをファンはちゃんと見てあげないとね。

これで1点差となって二死2塁。
ベンチにはとっておきの代打として伏見が残っていました。
が・・雨が激しくなっての中断で益田も落ち着いたのか、
最後はファールフライに仕留められ、今シーズンの最終戦は、
今年のリプレイを見るかのように「あと1本」が出ず、ゲームセット。
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まぁ、これで8日の直接対決がより面白くなったから、
「盛り上げ役」としてはOK。
マリーンズ、ライオンズどちらも死力を尽くせ、
そしてCSでホークスの4年連続日本シリーズ進出を阻止しろ。

今季の最終結果は45勝68敗7分け
試合数の違いがあるので勝率だけで比較すると、
約5分のダウンで、4割切ったのは2009年以来で、
21世紀なってからだと6度目。
まぁ、「真の暗黒時代」とも言うべき、
2002年から2004年の3年間よりはマシってことです。
あの頃は将来の展望なんて何も見えませんでしたが、
正尚の首位打者(ほぼ確定)、由伸の最多奪三振(一位タイ)と、
投打のリーグでもトップと呼べる存在が自軍にいるわけだし、
それに続く若手も出てきつつある。
さらに先発の陣容の豊富さや、
安達の健在、Tの復活と決して未来は暗くはない。
他球団の戦力外のロートルになんて目を向ける必要はないと考えます。
※FA宣言する(であろう)選手に中には手を伸ばした方がいい選手は多々いますが・・・
そもそも第一弾の戦力外通告で空いた枠を全部補強に使ったら
ドラフトで獲った選手の枠はどーすんの?w


なお、中嶋監督代行は46歳まで現役生活を送っていますが、
2007年にコーチ兼任なってからは、
(特に2009年以降)「保険としての選手登録」であって、
現役捕手としての活躍が期待されてのことでないのは、
大方の野球ファンにとって周知のことと思ってたんですが・・違うんですかね?

さて、今シーズンも「黒星日記」の方に多くの記事を書くことになってしまい、
「勝利の軌跡」は前日の記事にて打ち止め。
2015年に大いなる期待を持って始めた記事ジャンルも、
6年経ってまだその目的を果たすことが出来ていません。
来年こそは・・という思いも強いですが、
育成に舵をきり、長期的展望のもとでのチーム力強化はまだ道の途中。
来季については、「その先」に期待を持たせる戦いをしてくれれば正直満足。
・・といってもBクラスではなく、流石にAクラスに入る戦いを期待しています。

今シーズンもご愛読ありがとうございました。

gotama

K-POPグループSECRET(シクリ)、SONAMOO(ソナム)の動向、オリックス・バファローズの応援を中心に、色んな趣味、雑学などを日々徒然に書き込んでいきます。原則毎日更新です。
2017年2月1日より自営業者になりました。