令和になって振り返る「昭和の」切符コレクションetc.⑤(番外編)

「失われた鉄道風景」写真館
01 /26 2020
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本日、これに乗って、ここ行ってきたので更新遅くなりました

さて私のテツコレ、最終回は駅弁の包装紙

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前も書いた気がするんだけど、
昭和の時代の駅弁で「煮カツ」というのはレア中のレア。
今だとコンビニでもフツーに売っているけど、
「冷めているの前提」の駅弁でこれはチャレンジだった。
このときは「18きっぷ」で大阪から函館行くというチャレンジ旅で、
これ買うために復路をわざわざ東北本線経由にして
福島駅で途中下車しました。

そのチャレンジ旅で辿り着いた青森駅で買ったのはこれだ。
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何故か製造日印が押されていない。
夜行便の青函連絡船の船内でこれ食べて、
着いた函館の朝市で
カニ丸ごと一匹(大きくはない毛ガニ)入ったラーメン食べた。
基本旅行中は少食な私ですが、このときは食ったなぁ。

二浪目の大学受験のとき、
信州大と東京での都留文科大受験したときに、
「謎の秋田周り」をしたときに、
秋田から夜行急行「津軽」乗る前に買ったのがこれ。
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確かもう一品買ってたんだけど、残っているのはこれだけ。
新潟から「いなほ」で秋田に着いて、秋田での短い滞在時間に、
居酒屋入って「しょっつる鍋」食べて満腹にはなったんだけど、
アルコール耐性ないのに、かっこつけて熱燗も飲んじゃって、
列車に乗った途端、食ったもの全部吐いた。
したがって、この駅弁が夜行の長旅の「非常食」として実に役に立った。
それにしても、あの「津軽」で明け方5時に黒磯(多分)から乗り込んできた、
「アイス最中」の車内販売は、乾燥した車内で私が見た幻だったんだろうか・・・。

その後、ようやく大学受かって、その勢いで友人3人と高松で集結し、
高知行きに夜行に乗って桂浜の竜馬像見に行ったときに買ったのがこれ。
(帰りの車内で、これと「鯖の姿寿司」を1本ずつかってシェアした)
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このときは、まだ宇高連絡船利用だったんだよなぁ(遠い目)

この前も静岡駅で買ったけど、
私が一番好きな「駅弁ネタ」の一つが「鯛飯」
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炊き込みご飯の中では一番好きで、
鯛の「でんぶ」さえのっていれば、身はなくてもOK!

最後に今や車内販売もなくなってしまった、
私が最も利用する特急「しなの」で、かって売っていたのがこれ。
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多治見駅での駅弁販売ももうなくなってしまったらしい。
名古屋行きの「しなの」の車内販売の駅弁って、
これか塩尻駅の「とり釜飯」の二択だったように覚えている。
で、この駅弁の「多治見らしさ」でというか、
香の物入れの小鉢にちゃんと志野焼が使われていたんだよね。
そして私の物持ちの良さを証拠立てるように、それまだ使っていたりする。
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「峠の釜めし」の釜なら誰もが一つは残してあるだろうけど、
私はこーゆーものすら捨てられないヒトです。

オマケ:本日(26日)の「信州駅巡り」の駅弁チョイスはこれでした。
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包装紙デザインはちょっと残念なんですが、
「山賊焼き」という松本らしさ全開なとこが気に入っています。
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「一点突破」駅弁かと思いきや、「長芋の磯部揚げ」がいいアクセントになってました。
「山葵漬け」とデザートの「あんずゼリー」もポイント高し。

26日の日帰り旅行は写真を整理して順次アップしていきます。
長野県内はJRも味わい駅舎多い!

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令和になって振り返る「昭和の」切符コレクションetc.④

「失われた鉄道風景」写真館
01 /25 2020
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第3セクターに転換した上でなくなった路線もある(高千穂線)

硬券入場券コレクションの後編。
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札幌と四国の各駅は知り合いのお土産。
路線としては後に全部乗車しているけど、
駅として降りたのは札幌・松山・宇和島・琴平だけか。

昭和57年8月1日の美濃太田は部活の合宿で越美南線(現在、長良川鉄道)乗ったとき。
このちょっと後に特急「ひだ」との行き違いを写真に収めて、
振り返ると乗るべき車両のドアが閉まっていて、
あわてて乗務員室に飛び乗ろうとして列車を止めるという「迷惑行為」をしてしまいました。
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昭和58年8月28日の紀勢本線、新宮・尾鷲・紀伊長島・多気は、
初めての夜行列車旅行(一人旅)。
元々は山陰方面に行くつもりだったのを、
夜行普通「山陰」の出発時間を逃して、
急遽、天王寺発の「はやたま」に切り替えたもの。
旧型客車による運行で、途中周参見あたりまでは釣り客で満席。
止む無く、車掌スペースの木のベンチに夜通し座っていました。

昭和59年1月19日にポツンと一枚だけある米原駅のは、
大阪で珍しく大雪が降った日で、
「もっとたくさん雪みたいな」と、
学校に行かず茨木駅から快速に乗り込み終点まで行ったときのこと。
共通一次試験も終わり、卒業を待つだけの身だったので、
それくらいのサボりも、まぁ良いかとw

で、「落ちるのわかっていながら」信州大学農学部を受験した、
私の初めての「長期一人旅」での入場券が、
昭和59年3月の穂高・小諸・小海。
農学部は伊那にあるんですが、安曇野・伊那・諏訪・小諸・長野・戸隠と回って、
最後は急行「能登」に乗り金沢経由で帰る「受験」旅行でした。
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賑わいのあった小諸駅で撮った急行「信州」

同年5月6日の木曽福島は、浪人生の身でありながらGWに再び信州旅行したときのもの。
この当時は夜行急行の自由席に座るために
駅構内で何時間も前から並ぶというのが当たり前の光景でした。

昭和60年3月の高千穂・西鹿児島・阿蘇・津和野は、②の記事でも書いた、
島根大受験&九州一周旅行の時。
高千穂駅で入場券買うのに窓口で並んでいたら、
前に並んでいた大柄なおばさんが貧血で倒れ掛かってきたのを覚えてます。
この頃あたりから下車駅でムキになって入場券買わなくなってきていますね。

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昭和61年8月は無事信州大に入学して
高校時代の友人2人と2週間かけて北海道を旅行した時のもの。
ただし長万部駅だけは日付が違うので駅で拾ったものの可能性がある。
基本クルマで回った旅だったんですが、
うち何日かは単独行動で鉄道利用していた訳です。
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あと何年かしたら駅ごとなくなってしまうかも知れない留萌駅。
このときは羽幌線で鉄道ライターの故、種村直樹氏の一行と偶然一緒になり、
留萌駅で少しお話させていただいた。
(なんでサイン貰わなかったんだろう、今でも後悔しています)

昭和62年3月の二本木・会津若松・山形・平は、
松本~新潟~会津若松~山形~仙台~平(現、いわき)と、
南東北をぐるっと回ったときの入場券。
西鹿児島→鹿児島中央、平→いわき・・と駅名が今と違っているのが感慨深い。

昭和62年6月の盛岡・気仙沼・前谷地・女川・石巻は②の記事で書いた「EEきっぷ」での旅
気仙沼は鉄道の駅ではなくなってしまいましたが、BRTに転換して地域の足を守っていますね。
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これ以降は思いついた時に買う程度で一気に枚数が減ってしまいます。
昭和64年1月1日は「昭和最後の元日」・・そんな時に飯田線全線乗車してました。
で、平成の世になって3月の窪川駅。
大阪の実家に帰るときに大阪駅で(半ばわざと)寝過ごして、
そのまま本四連絡橋初乗車して、高松から夜行に乗って高知に出て、
土讃線・予土線を乗り継ぎ、47都道府県最後の愛媛県に辿り着いた時のもの。
高知にも松山にも、それ以来行っていないんだよなぁ。
(昨年、ようやく香川・徳島には行けたが)

こうやって乗車券や入場券を残しておいたことで、
三十年以上前の旅の記憶を結構正確に呼び起こすことができる。
その殆どが一人旅なので、誰かと思い出を分かち合うことはないんだけど、
自分の中の良き思い出としてこれからも記憶の中に留めておこう。

最後は番外編で、今やレアとなったものも含む駅弁包装紙特集。




令和になって振り返る「昭和の」切符コレクションetc.③

「失われた鉄道風景」写真館
01 /24 2020
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駅弁包装紙保管はテツにとって当たり前の行為です。

初めて国鉄の硬券入場券を買ったのが多分中学2年生の時。
10月に叔母と正倉院展に行ったときに買った奈良駅が最初。
この昭和54年から一年間は出かけるたびに途中下車して入場券を購入しまくってました。
昭和54年の11月24日、尼崎・立花・西ノ宮・芦屋と買ったときは、
芦屋の親戚のところに一人で行くのに、途中下車を繰り返し、
私がいつまでたっても来ないので心配されました。
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硬券入場券だけでも今や十分にレアではありますが、
京都から大阪の間で、神足(こうたり)駅だけ欠けているのが悔やまれる。
現在は長岡京駅となり、駅名そのものが変わってしまっただけに持っていたかなぁ。

昭和55年1月15日、草津から三雲、貴生川、寺庄と草津線に乗り、
柘植から関西本線で伊賀上野、大河原を経て、奈良で乗り換えて、
大阪市内を経由して吹田で下車。
これが、私が中学時代のテツ友と一緒に乗り鉄ミニ旅行した初めての記録。
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その後2月24日に同じ草津線に石部駅の入場券があるのは信楽線を乗りに行ったから。
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このとき、石部駅で旧型客車の手動扉から
停車する前に飛び降りて駅員さんに怒られたのを覚えている。
短い停車時間で入場券購入するために若気の至りで無茶してたんだね。
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福知山線が旧線で非電化、旧型客車天国だった頃に乗車したのが
昭和55年3月26日の武田尾・相野・谷川の入場券。
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ここから加古川線を南下して、野村・粟生・加古川。
先ほどの草津・関西線と、この福知山・加古川線プチ旅行の乗車券は今も手元にあります。
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昭和56年は高校1年生のとき。
和田山・豊岡・城崎・香住・浜坂・福知山は部活の合宿のとき。
行きが播但線経由で帰りは福知山線経由だったわけだ。
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停車時間が少しでもあったら、絶対に改札口にすっ飛んでいっていたんだね。

山陰本線の綾部から小浜線に入って小浜・上中・美浜・敦賀は家族旅行のとき。
家族4人で家族旅行に行ったのってこれが最後だった。
(後に両親と弟揃って信州に来たことはあるけど)

池袋・新宿は親父が出張の時に買ってきてくれたヤツだな。
仙崎駅は山口県にある山陰本線の支線の駅。
なんでこれだけポツンとあるのかというと、
中3の修学旅行で広島・山口に行って、
最終日に青海島観光船に乗った時のバス待ち時間に、
全速力で駅まで走っていって購入したから。
調べてみると船着場から駅まで500メートルもあるんですが、
我ながらよく走ったもんだ。

思い出話は尽きないので、続きは後半へ。




令和になって振り返る「昭和の」切符コレクションetc.②

「失われた鉄道風景」写真館
01 /23 2020
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「上野発の夜行列車」のその先

国鉄がなくなりJRが発足したのが昭和62年4月1日
その年にJR東日本が発足を記念し、
土日限定2日間有効でJR東日本エリア乗り放題一万円という切符が
期間限定で販売されました。それが、この「EEきっぷ」
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2日間有効でしたが、夜行列車については日付を跨いでもOKで、
当時まだ運行していた夜行急行アルプスを使い、
金曜の深夜から月曜日の明け方までとフル活用しました。
この切符の凄かったのは新幹線、特急についても自由席なら料金不要だったこと。
今でも当時の自分が旅したルートを覚えていますが、
早朝に新宿に着いて、すぐに当時の新幹線の始発駅だった上野に移動。
朝一番の新幹線ながらホームはもの凄い混雑。
それでもなんとか座ることはでき、まずは新潟まで一直線。
そこから青森行きの「いなほ」に乗り換えましたが、
新幹線自由席の乗客の大半が
両数も座席数も遥かに少ない「いなほ」の自由席に殺到したので、
自由席車内はデッキ部も含め通勤ラッシュなみの超混雑。
私も秋田まで(!)座れず、
座席の端に掴まりながら羽越線の海岸沿いの景色を眺めていました。
青森で駅前の魚市場を見学し、ホヤの瓶詰と、
駅弁で釜飯(ホタテだったかな?)を買って「はつかり」に乗って盛岡へ。
盛岡からはすぐに新幹線「やまびこ」に乗り換えて夜遅くに仙台に到着。
仙台で夜中3時頃まで時間を潰して、
上野から来た夜行急行の「十和田」に乗車。
この時間に乗って座席に座れるわけもなく、
約2時間半、デッキ部に座り込んで盛岡で下車。
始発の新幹線で一ノ関まで戻って、
大船渡線、気仙沼線、石巻線、仙石線を乗り継いで、
夕方4時ごろに大混雑の新幹線ホームから上野行き「やまびこ」に乗車。
この日については朝から何を食べたのか全く覚えていない。
(仙台で駅弁を買った記憶はかすかにある」
で、新宿からアルプス乗るには、
まだ時間があったのに東京で何をして時間潰したんだろ?
(新宿にあるジャズ喫茶にでも行っていたかな?)

結局、3泊全部車中泊(座席・デッキ・座席)と、
テツ以外の人からすると強行軍で、ひたすらに「乗るだけ」の旅でした。

現在のフリー切符はJR各社の中でしか使えないものがほとんどですが、
JR発足からしばらくは、
それ以前の国鉄時代からの「周遊きっぷ」がまだ生き残っていました。

こちらは国鉄最末期の九州周遊きっぷ
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これの便利だったのは行きと帰りのルートを自由に設定でき、
しかも「始発」「終着」の駅が異なっていてもよかったこと。
この年は「一浪目」で、東京で私大受験して、
数日大阪に滞在してから、島根大を受験しに行き、津和野、下関で宿泊し、
次の日の夜に門司港駅で高校時代の友人と合流して九州旅行し、
再び山陰路を経由し、合格発表を確認するというプランでした。

ちなみに東京に行くときは初めて大垣夜行を利用
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青春18きっぷではグリーン車は利用できない時代だったので、
空いている車内で快適な「初」大垣夜行でした。

今はなき山陰横断特急「まつかぜ」1号
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大阪午前8時発で松江には午後2時に到着
この年の3月14日で米子止まりになってしまったので、
食堂車利用も含めギリギリセーフでした。
翌日も松江から益田まで利用したので、
当時の最長ディーゼル特急のかなりの部分を乗ることができました。

「不合格発表」を見てどん底の気分で乗ったのが、
20系客車運用の夜行急行「だいせん」
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寝台車のほうではなくボックス席の座席車でした。
これ、ダイヤ改正で倉吉までが快速扱いになった翌日ですね。
松江から自由席に乗ったという記憶でしたが、
混んでいたから米子で指定席に切り替えたのかな?
自由席は急行料金かからなかったからそれ以外には理由が思いつかない。

その前年のGWに使った信州ワイド周遊券と、
昭和51年に家族(父を除く)で
横浜の親戚のところに遊びに行ったときの東京ミニ周遊券。
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信州ワイドのほうは
小諸・諏訪周辺に運行されていたJRバスも使えたのが魅力。
あと、大阪から信州方面に向かう
昼間急行の「ちくま・くろよん」がまだ健在で(臨時だったかな?)、
帰りは木曽福島から「しなの」も新幹線を使わず安く大阪に戻れた。
東京ミニの方は、保土ヶ谷にあった親戚の家に行くのには使ったけど、
2日間は親戚の車で三浦半島や箱根・真鶴を観光し、
もう一日は東武に乗って日光に行ったから、
これ使って乗りまくったわけではない。
利用期限が延長されているのは、この時国鉄のストライキがあって、
「一日使えなかったからその分延長しろ」と
オフクロが東京駅の窓口でねじ込んだからだったと鮮明に記憶しています。

これは高校1年のときに生物部の合宿で香住に行ったときのやつだ。
当時は夏場になると山陰方面にたくさんの臨時急行が増発されていました。
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高崎から乗った新特急「草津」(‥と思う)の車内乗車券
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自分の誕生日なんだけど、これはまるで記憶がない。

オマケ① 国鉄じゃないけど、
能勢電鉄の川西国鉄前から川西能勢口までの
区間が廃止される直前に乗ったときの切符
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「川西国鉄前」という駅前がいい味だしてます。

オマケ② 沖縄海洋博行ったときのバス乗車券とソ連館で買った封筒
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次回は硬券入場券大量公開・・です。

令和になって振り返る「昭和の」切符コレクションetc.①

「失われた鉄道風景」写真館
01 /21 2020
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我ながら「物持ち」が良い


小学校の低学年から多趣味で収集癖のあるガキだったワタクシ。
もちろん、「その道の大家」である著名な方々には及ぶべくもありませんが、
それでも当時集めたものは結構大事に保管してあるほうです。
今回は、そんなコレクションの中から、「昭和の時代」に集めたものを一部公開。
第一回は「記念切符あれこれ」

トップ画像にも出した「さよなら京都市電」
これは、自分で買ったのではなくて親父からのプレゼント。
中の切符の数が他の記念切符に比べて圧倒的に多く、
買ってもらった当時、結構飽くことなく眺めていたのを今でも覚えています。
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他に4枚あって計10枚という圧巻の物量でした。

京都市電は乗る機会はあまりなかったのですが、
廃止直前にオフクロと弟と一緒に「せっかくだから乗りに行こう」ということで、
西院から金閣寺前まで乗車した記憶があります。

この時期、親父が東京に出張で良く出かけていて、
その度に何かしら記念切符を買ってきてくれていました。
そんな中の一枚がこれ。
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この時点ではまだ営団の車両は運用されてなかったんですね。

小~中学生の頃は初詣は阪急に乗って家族で京都へ。
そのときは必ず初詣記念切符を買っていました。
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昭和52~54年の切符はないけど、
昭和54年は京都でなく近鉄で橿原神宮に行っていたわけです。
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中学の頃には行ける範囲での新線開業の時は
自分の足で出向いて記念切符を買っていたようで・・
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ただ、ニュートラムと谷町線はこの区間はまだ乗ってない。

阪堺電気は、この直前に廃止になった南海平野線も乗りに行った
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近鉄のコレは自分で買ったんだろうけど、どこで買ったのか記憶にない
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ちなみに買った中で一番古い記念切符はこれ。
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昭和50年ですから小学校4年生のとき。
オフクロにねだって茨木市駅で買ってもらったのを覚えています。
てか、よく買ってくれたなぁ。

その5年後に自分で買ったのがコレ
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3300系と5300系は今なお現役だよ、恐るべし阪急電車。

最後に今はなき宝塚ファミリーランド関係の切符
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これは多分誰かから貰ったやつです。


次回は国鉄時代の切符をあれこれと


gotama

K-POPグループSECRET(シクリ)、SONAMOO(ソナム)の動向、オリックス・バファローズの応援を中心に、色んな趣味、雑学などを日々徒然に書き込んでいきます。原則毎日更新です。
2017年2月1日より自営業者になりました。